【Don't cry baby】・19





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俺は、生まれて初めて見た。
タコ焼きを一度に4個も纏めて口に入れるヤツ。さすがに冷めてるから、口の中が火傷したりする大惨事は免れていたけれど(熱かったら、するヤツは流石にいないよな)、それでも見ている俺の方が喉を詰まらせそうになって、無意識に喉に手を当ててしまった。




【阿部隆也】





「・・・・・・お前な」

俺の呟きに、きょとんとした瞳が向けられた。串の先から、ぶらんと垂れ下がっていたタコ焼きは合計4個。しかもどういう訳だか知らないが、三橋は、それらをばらすどころか、纏めて口に放り込んだ。

「ふ、へ?」

―――おいおい、本気かよ・・・っていうか、なんだよ、その目は・・・。

デカイ目の中に「なぁに?」って書いてある様な気さえする(たぶん気のせいだけど)。それにしてもコイツは、俺の呟きの意味を本当に理解していないんだろうか?浮かんだ疑問は、しかし次の瞬間、氷解した。

―――だーっ!!こいつマジで判ってねぇよ!!

俺が「待て」の言葉を発する前に、三橋は口の中のタコ焼きを、ごくんと飲み込んだのだ。4個纏めて、いっぺんにだ!こいつは、食べ物はきちんと噛みましょう、って事すら知らないのか!?無謀な行動を止めようとした俺の右手が、虚しく空を掻く。

「頼むから、そんなにいっぺんに食うなよ・・・」
「そう、かな?でも、だ、大丈夫、だよ」

すっかり力の抜けた俺に、三橋はふるふると首を振って答えた。
お前が平気でも、俺は平気じゃない。きょとんとした三橋の手から、空になった串を取り上げると、俺は残ったタコ焼きを一つずつばらし始めた。蒸れていた所為で、一塊になっていたタコ焼き達も段々と元の姿に戻ってゆく。まぁ、多少歪な形になっているが、味に問題は無いだろう。腹ん中に入ればみんな一緒だ。全部ばらし終わったら、その中の一つに串を刺して、三橋の前に突き出してやった。

「見ている方の喉が詰まりそうなんだけど」
「あ・・・ご、ごめん」
「こうすれば、1個ずつ喰えるだろ」
「う、うん」

こくんと頷いて、素直に俺の手からタコ焼き受け取ると。三橋は、またちょっと笑ったみたいだった。

―――変なヤツ。

俺と同じ位の年のくせに、男からタコ焼きばらしてもらったり、串に刺してもらったり、それを喜んで受け取ったり。俺だったら、絶対に恥ずかしくて真似が出来ない事だ。でも、もっと変なのは俺の方なのかもしれない。

―――なんで俺が、コイツの世話をここまで焼かなきゃならないんだ?

素朴にして当然の疑問だろう。この前といい、今日といい、三橋といると俺のペースがどんどんおかしくなる気がしてならない。ああ、また、ソースが口の周りについてるし・・・。そして見て見ぬ振りをするには派手に付きすぎたそれを、俺はまたもや自分のハンカチで拭くハメになった。




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結局、5箱のタコ焼きは俺達の胃袋に収まった。
俺が2箱弱で三橋が3箱強。俺は晩飯も食った後だったし、実際は1箱で充分だと遠慮したのだが、拒否すると涙を零しそうになる鳶色の瞳に・・・負けた。
だが俺が2箱目を必死の思いで消化しようとしている時に、三橋はすでに3箱目を完食し終えていて、なんとも言えない目付きで俺の手元を眺めていたのだ。

「おい・・・これ、ちょっと手ぇ付けちまったけど、残り食うか?」
「わ、悪い、よ!あ、阿部くんの分だ、から。阿部くん、が食べて・・・」
「俺の分たって、お前の金だろ。俺、もう腹いっぱいなんだよ」
「そ、そうなの・・・?」

それでもまだ躊躇している三橋の手に、俺は残ったタコ焼きを押しつけた。腹がいっぱいなうえに、あんな目で見られてたら、俺の喉にタコ焼きが詰まる。絶対に詰まる。間違いない。
膝の上に載せられた箱と俺の顔の間を、きょどきょどと視線が往復した。そういや、この前も思ったけど、こいつの動きって、なんか挙動不審なんだよな・・・。落ち着きが無さ過ぎるっていうか。じっとしていられないところが、まるで子供(ガキ)みたいっていうか。

「ほら、喰えよ」
「う、うん。い、頂きます!!」

改めて『喰え』と催促すると、三橋は漸く串を手に取った。まぁ、散々迷っていたけれど、食べると決めて食べ始めたら、あっという間だった。そりゃ、一度に4個も口に入れるヤツだから当たり前なんだけど、箱はみるみるうちに空になる。5箱もぶら下げていた時は、内心こんなに買ってどうするもんかと思ったけれど、これで納得だ。この細っこい身体の何処か、謎のワームホールに、タコ焼きは見事に吸い込まれて、消えた。



「ご、ちそうさま、でした」
「ごちそうさま」
食べ終わった箱を、きっちりと潰して袋に詰めると、固く口を縛った。ちょっと大きめのボールくらいのサイズになる。そのまま公園のゴミ箱に投げようとした俺の手を、三橋が止めた。

「お、オレがやる、よ」
「そうか?」
別に断る理由もないので、そのまま、ぽん、と三橋の手の上に載せてやった。


「じゃあ、い、いきます」

ゴミ袋を、球に見立てるかのように振りかぶる。
そうして柔らかな動きで三橋の手から放たれた「球」は、綺麗な放物線を描いてゴミ箱にぽとりと落ちた。

「お、お前、すげぇな!」
冗談や世辞では無い。俺は本気でそう思っていた。俺達の座っていたブランコからゴミ箱までは、目測で15メートル程度。たいして大きくも無いゴミ箱相手には、そう簡単に入る距離じゃない。
だが、三橋の投げた『球』は彼の手を離れた瞬間から、『的』を外す様には思えなかった。それ位に滑らかなフォームと軌跡だったのだ。

「うひっ」
「マジ、すげぇ・・・」
俺の心からの簡単に、三橋が嬉しそうに目を細める。

「ま、的当て、と、得意だったんだ」
「的当て?野球じゃないのか?」

どう考えても「的当てが得意」という言葉で納得出来るような技術では無かった。俺だってそれなりに野球を囓ってきたんだから、三橋のコントロールがどれ程のものかは判る。

だが、俺の「野球」という言葉に、三橋は大きく頭を振った。

「オレ、野球って一度もした、こと、な、無いから・・・」
「はぁ!?」
「ご、ごめ・・・」
「いや・・・」
今時、一度も野球をした事が無いなんてヤツも、俺は初めて聞いた。でも三橋の様子を見れば、決して嘘をついている様にも見えなくて。

「もったいねぇ・・・」
「ふへ?」
思わず漏らした呟きだったが、三橋はたいして頓着した様子は無かった。

―――ま、いっか。これ以上、突っ込んだ話をしても仕方がないし、タコ焼きも片付いた事だから帰る事にするか。

三橋にしても考えは同じなのだろう、ブランコから降りたつま先は、公園の出口の方を向いている。どうでも良い考え事に切りをつけて、俺も同じ方向に歩き出した。

「ああ、そうだ」
だが隣でフワフワ揺れている頭を見ていると、ふいに思いついた事があった。

「これ、お前にやるよ」
「お、オレに?」
俺がコンビニの袋から取り出したのは、さっき買ったばかりの新作チョコだ。何の気の迷いで買ってしまったのか自分でも良く判らなかったけど、今さっき、三橋なら喜んで食いそうだと思いついたから。

「甘いモン好きか知らねぇけど、これ甘さ控えめらしいし」
とりあえず、店にあった煽り文句をそのままに押しつける。


「甘い、の大好き、だ!」

「おお、そうか・・・、そりゃ、良かったな」

ところが、控えめな俺の薦め具合とは対照的に、ちょっと気圧されるくらいの勢いで、三橋が頷いた。そうか、そんなに好きなのか・・・。瞳がキラキラしてるのが夜目にも判って、あれだけタコ焼き喰った後なのに、という言葉は飲み込んでおく。

成長期なんだろう、という理由でとりあえず納得しとけよ、な、俺。








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