【Don't cry baby】・16







一人になった途端、道が急に長くなった様に感じる。田島が賑やかなタチなので余計にそう思えるのかもしれないが。そんな道すがら、薄暗い道の向こうにコンビニの蛍光灯が白く輝いて見えた。


―――お、そうだ。週刊ベースボール買ってくか。


今日は花井の見舞いやら何やらで買いそびれていた雑誌を、ふいに思い出したのだ。無くて困る程ではないけれど、買える物なら買っておきたいし。週末の予定もまだ決めていないから、暇つぶしにもなるだろう。それ位の軽い気持ちで、俺は自転車の進路を変えることにした。







「週ベ、週ベ・・・と」
整然とディスプレイされた雑誌の中から目当ての一冊をカゴに入れる。後はなんとなく店の中をひやかして、目に付いたお茶のペットボトルと、俺にしては気の迷いかと思える菓子を一つ入れた。外装からするにチョコレートっぽいのだが、ポップな煽り文句に『甘くない!!』と謳われているからには、それ程甘くないんだと推測される。何となく落ち着いた色のパッケージだし、何より新商品という所に惹かれるモノがあった。試しに食ってみて、週明けの学校で水谷あたりに感想を言ってやろうと思う。仲間内でそういう事に一番敏感なのは、水谷だからな。へらりとした顔が驚くサマが眼に浮かんで、口の端が震えた。
俺らしくないといえば、そうかもしれない。でも、なんとなくそうしたい気分だったから仕方ない。こんな日があっても構わないだろう、と考えながらレジに並んで、何気なく店の外を眺めていると。ガラス戸が店内の灯りを反射して、その向こうに広がる宵闇が更に深く見えた。


―――あれ?

「―――円になります」
「え、あ、あ。はい」
いつの間にか、俺の選んだ商品が精算されている。慌ててバッグから財布を引きずり出すと、千円札を一枚カウンターに置いた。店員の丁寧に釣り銭を確かめる仕草さえもどかしい。受け取った小銭を乱暴にポケットに突っ込んだ。
「お客様、商品を・・・」
「あ、すんませんっ」
急ぎすぎて、カウンターに俺の買い物が置き去りにされている。店員の顔が少し笑っている気がしたが、そんな事は気になどしていられなかった。さっき、コンビニのガラス越しに見えたあれが、俺の見間違いでなければ。フワフワとした、明るい色のあの頭。今度こそ、見失いたくないと思った。



「ミハシっ!」

「え・・・・・・?」


店を飛び出すなり、呼びかける。以外な位近くから答えは戻ってきた。
大きく見開かれた瞳は、絵に描いた様にまん丸だ。泣いてなくてもミハシの顔は面白い。等とどうでも良い事が頭の中を過ぎる。




3日前は、もう再会する事は無いと思っていた。

それが今、片方はコンビニの袋をぶら下げて、もう片方はたこ焼きの匂いを振りまきながら顔を合わせているのだ。なんにせよ格好の良い再会では無かったが、これが俺達の2度目の邂逅だった。




□□□




声をかけた後、たっぷり数分、俺達は無言で見つめ合っていた。そりゃそうだろう、勢いで声をかけたものの、俺にしても特に用事があった訳でもない。ミハシの戸惑った様な仕草も同様だ。たった3日前の事だから、忘れられているとまでは思わないが・・・。

―――ってういか、ひょっとして俺、迷惑がられてるか?

「あ、急に声かけて悪ぃ。そこの店ん中から見えたから、つい・・・」
「え、あ、う・・・ううん」
「特に用事あった訳じゃねぇから、じゃあ」
「あ、ま、ま待って!」
「・・・・・・へ?」
「いや、あの・・・えっと・・・え、と」
どもりながら何かを言おうとする三橋。残念ながら俺はあまり気の長い方じゃない。自分でも自覚しているのだが、苛つきも顔に出やすい方だと思う。この前は酒が入っていたせいもあって、コイツの喋り方も対して気にならなかったが、素面で聞いていると―――実は、かなり、苛つく。
「おい・・・」
「え?・・・え、ひゃ、い!」
俺の渋面に気がついたのか、ミハシの身体がびくりと引きつった。引きつるだけでなく、青ざめてぶるぶる震えている。なんだよ、その態度!そこまで怯えられる程、俺の面は悪人面か!?あの水谷だって、ここまで極端な態度はとらないぞ!!
「・・・・・・ちっ」
「・・・・・・ヒっ!!」

―――コイツまた、びくっと跳ねやがって・・・!!
このまま会話を続けていても埒があかなさそうだった。だからといって、俺の方から一方的に会話を切り上げるのは心苦しい気がしてしまう。第一、先に声をかけたのは俺だ。俺の方が譲歩するしかないだろう。

「あー、本当に何でもないから。気にすんなよ。」
「・・・・・・」
「それよかお前、何か言いたい事あんだろ?」

「・・・・・・あの」

おずおずといった感じでミハシが切り出した。

「あの、こ、この前、ありが、とう・・・」
「ああ、あれはそんな礼言われる程の事じゃないから」
それに、礼はあの時にも言われたし。俺が勝手にやっただけの事だから。そう続けると、自分で綴った言葉に胸がちくりと痛んだ。ただ、本当に微かなモノだったから、すぐに流れて消えてしまう。

「う、ううん。お、オレ、駅まで送ってもらったのに、結局、電車、乗らなかっ、た、し」
「ああ、それか・・・って、お前も使わないなら、使わないって早く言えよ!!」
「ご、ご、ごめん、なさいっ!!」
「ごめんなさい、じゃないだろ!ミハシっ!!」

自慢じゃないが、俺は口より手が早いと言われている。大学に入ってからは、大分その癖も直ってきたかと思っていたのだが、まぁ、そんなに簡単に治るものなら誰だって苦労しないだろ。先程からの苛つきも手伝って、俺はコンビニの袋をぶら下げた手のままで、ミハシのこめかみにぎりぎりと拳を当てた。俗に言う「ウメボシ」ってヤツだ。

「いたいいいいぃっ!!」
「五月蠅いっ!そんなデカイ声で叫ぶなっ!」
「う・・・ぐぐぐぐっ」
「・・・・・・」

叫ぶなと言えば、ミハシはすぐに黙った。馬鹿みたいに素直なヤツだよな。冷静に考えれば、俺のしている事の方が遙かに非常識なのに、必死になって声を我慢している。

―――ああ、なんだよ。また泣いてるじゃん。いや、これは俺が泣かせた、って事になるのか?
うっすらと浮かんだ涙が俺の頭を冷やす。ゆっくりと拳を外すと、細い手がこめかみの辺りをさすっていた。

「ごめん。今は俺のが悪い」
とりあえず先に謝る事にした。鳶色の瞳が潤んだまま俺に向けられる。

「え・・・・・・?」
その中に浮かんだのは、怒りや嫌悪じゃなく疑問。
「話聞くって言ったくせに、怒鳴りつけたりして悪かった」
「そ、そんな事、ない、よ。お、オレが喋るのトロいから・・・」

それは幾らなんでも、お人好し過ぎる答えだろ!ああ、でもこんなヤツているもんだよな。俺の脳裏に、今日見舞いに行ったばっかりの花井の顔がぽんと浮かぶ。方向性は違うけど、お人好しぶりでは、きっと良い勝負だ。この二人を会わせたら、さぞかし話も弾むに違いない。

「まぁ、いいや。それで、ミハシは何を言おうと思ったんだよ?」

「・・・な、名前」







←back  □□□  next→