【Don't cry baby】・12  (幕間@)






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【三橋廉・叶修悟・織田裕行】



駅の明るさに背を向けて、暗がりの中を走る。さっきまでの重たさが嘘みたいに足は動いた。

「はぁっ、はっ。ま、まだ、間に合う、かなっ」
走りながら、オレは修ちゃんとの打ち合わせを思い返していた。計画の中で万が一、オレが修ちゃんの回収に引っかからなかった場合の、最終合流地点が決めてあったんだ。駅へ向かう途中。路地を出る寸前に、その事を思い出せたのはオレにとって本当に僥倖だった。後は、そこに修ちゃんが待っていてくれるのを祈るばかりなんだけど・・・。

「おい!廉っ!早く来いっ!!」
「し、修ちゃんっ!」
呼びかけられた途端、安堵で膝から力が抜けそうになる。修ちゃんは打ち合わせの場所で待っていてくれた。今はもう見慣れた黒い車。慌てて駆け寄ると、すぐに車の中へ引っ張り込まれる。

「う、おっ!」

バランスを崩して転げるように座席に着くと、車はすぐに発進した。

「大丈夫か、廉!怪我とかしてないか?」
背もたれに身体を預ける暇もなく、隣に座る修ちゃんが矢継ぎ早に話しかけてくる。今まで見たことも無い位に真っ青な顔は、どれくらいオレの事を心配していたかを教えてくれていた。
「う、うん。怪我、はない。と・・・思う」
「本当だなっ?ちょっとでも変な所があったら言えよ」
「うん・・・あり、がと・・・修ちゃ、ん」
ほっとした途端に、涙腺が弛んだらしい。ぶわっと盛り上がった涙がオレの頬を滑り落ちる。

「廉・・・」

「し、心配かけて、ご、めん。で、でも、なんかオレ馬鹿だから、出口、を間違えて覚え、てたみたいで。うっ、ど、ドアが、あ、開かなくてっ」

オレが泣きながら、必死で修ちゃんにあやまっていると、運転をしていた織田くんが振り返って口を開いた。

「しゃーないやろ。それが卒業試験やったんやから」

「え・・・・・・?」
―――それが・・・・・・試験?

織田くんの言葉の意味が、オレには良く理解出来なかった。告げられた単語をゆっくりと反芻する。

「織田っ!」
「叶かて、黙っとったって、いつかはばれるんや」
隣に座っていた修ちゃんが咎めるような声を出したが、教えるなら早いほうが良いだろう。と織田くんは説明を続けた。

「今日の試験はな、お前が想定外の状況に嵌ったときに、自分でどうにか出来るか試す事やったんや」

「じゃあ・・・・・・」

頭の中がゆっくりと回り出す。

「じゃあ、修ちゃんは・・・」
「叶も、俺も、全部知っとった」
「知ってて・・・」

打ち合わせでオレが指示された所は、出口なんかじゃなかったんだ。それじゃあ、修ちゃんとした打ち合わせは全部嘘って事になる。隣を見ると、修ちゃんは黙ったままスーツの膝の辺りを握りしめていた。

「別に、叶が企んだちゅう訳でもないぞ。上から言われたら、俺らは従うしかないねんかんな」
「・・・・・・」
唇を噛み締めて、それでも修ちゃんは織田くんの言葉を否定しない。それは織田くんの言葉が正しいって事なんだろう。とオレはぼんやりと思った。もう何も、深く考えたくなかった。そうでなくても、今日一日で色々な事がありすぎてくたくたなのに、これ以上何かを考える事は辛すぎる。

「廉・・・」
「い、いよ。修ちゃん」
オレを見る修ちゃんの目も辛そうだ。ゆっくりと首を振って、あやまらなくても良いよと言外に告げる。修ちゃんがあやまる必要は無いんだ。織田くんに言われなくても、彼の立場だったらそうせざるを得ないのは判っている。ただ、ほんの少しオレが寂しかっただけだ。オレはこれ位で傷ついたりはしないよ。

「家、に、帰ろう・・・オレ、お、なか、空いたよ・・・」
「ああ、夕食の支度はさせてあるから」
「うん・・・」
「廉の好きな物、用意させておいたから」
「う・・・ん・・・」

濡れた服が身体にまとわりついて気持ち悪い。修ちゃんと会話をしながらも、目蓋が段々と重くなってきた。昨日は緊張してあまり眠れなかったから、今頃睡魔が襲ってきているのかもしれない。

沈みかける意識の中で、オレは自分に言い聞かせていた。

だって、修ちゃんはちゃんと待っていてくれた。ご飯の支度だってしてくれていた。オレの好きな物を用意したって言ってくれている。それはきっと、修ちゃんがオレの帰りを信じてくれていたからなんだ。

何度も何度もオレは繰り返した。そうしないと、思考の全てが嫌な方向に傾きそうになるから必死だった。



―――オレは家に帰るんだ・・・。




オレが帰る家は、もうここしかないのだから。







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