眉村の投げる姿が好きだ。

ボールを掴みマウンドの一点を見つめて集中する時の仕草も、
バッターボックスに立つ自分の姿を通り越して、ただミットの中央だけを睨んでいる瞳も好きだ。

そして、何よりも白球を投げる瞬間の、眉村の表情が好きだった。



☆☆☆the first star to appear in the evening☆☆☆



【談話室・消灯前】

眉村の名前は中学校の時から知っている。
自分にしてみても海堂高校の特待生枠の話が来ていた事もあり、将来のチームメイトについては少なからず興味があった。
噂では、高校に上がっても即戦力の呼び声が高いと聞いていたが、実際に共にプレーをしてみれば、それが単なる噂などでない事など、すぐに理解できた。
ただ、“野球”を抜きにした眉村は―――

「愛想がねぇんだよな・・・」
ぽつりと呟いた言葉に、隣で週刊ベースボールに目を通していた米倉が反応する。体格が良く、見るからに軽い事を嫌いそうなこの捕手が。実際には、驚くほど昼の奥様番組にチェックを入れていたのを知ったのは、同室になってから間もない頃だ。
「あん?それって誰の事言ってるんだ、薬師寺?」
米倉の興味は、目の前の記事からすっかりこちらに移ってしまったらしい。『女でも出来たのか?』と輝く瞳で見つめられて、薬師寺は漸く自分の失態に気がついた。
心の内で軽く舌打ちをすると、わざとぞんざいな調子で
「そんな暇なんて、無いだろうが。俺も、お前も」
と言い捨てれば、「まあな。確かにそんな暇は無ぇな」と拍子抜けするぐらいあっさりとした返事が返ってきた

「だろ。」

「じゃあ、誰の事なんだ?」

「・・・は?」

一瞬の空白。今のは自分の聞き間違えだったのか?終わらせたつもりの話題は、どうやら気のせいという事で片付けられそうだ。

「だから、その“愛想のないヤツ”だよ」
案外身近にいるヤツなのか?でも、ばれたら静ちゃん辺りがうるさいぜ〜。などと、止める間もなく話は勝手に膨らまされてゆく。この調子では、明日の練習あたりでは『薬師寺に美人(希望)だが、愛想の無い彼女が出来て、早速悩みがあるらしい・・・云々』くらいは広まっているかもしれない。
野球三昧の生活を続けていると、色々と世俗的な物から疎くはなるが、ことこういった話題に関しては盛り上がる場を選ばないようだ。

「女じゃねぇよ。」

「じゃあ、誰だよ?言ってみろよ」
相談くらいのってやるぜ、と些かお節介な台詞を楽しげに話す坊主頭に。薬師寺は、想像の世界の極太マジックを使って落書きをしてやった。

(こういう場合の定番は、でこに『肉』だよな・・・)

「・・・案外、似合いそうだな・・・」

「は・・・?」
ぽつりと思わず零した言葉に、米倉が怪訝そうな顔を向けてきた。

「いや、こっちの話だ。・・・それよりも誰だか聞きたいって言ってたよな」
「お!教えてくれる気になったか?」
「ああ。言わなけりゃ、どんな噂が広まるか解らんからな」


溜め息混じりに呟くと、薬師寺の指が米倉の前に突き出された。

「・・・薬師寺。さすがに俺はそんな風に言われる覚えはないぞ・・・」

甚だ不本意だという表情のごつい顔を、何言ってるんだ。と軽くいなした指の先は、米倉の後ろを指していた。

「ん?」
薬師寺の正面。米倉からは数メートルの距離だろう。談話室に備え付けられた自販機の前に、眉村が立っていた。


***



「・・・なんだ、そういう事か」
いかにもがっかりした風な口調で、米倉が後ろに捻った身体を元に戻した。再び雑誌に視線を落としたまま黙りこくる捕手に、薬師寺は当然といったそぶりを隠さない。

「『そういう事』だ。」
だから、余計な詮索なんかしても、騒ぐようなネタは出てこないぜ。と今度こそ話にけりを付けたつもりだったが、その機会を無にするように噂の本人がこちらに向かって近づいてくる。ひょっとして、話の中身を聞かれたのだろうか?本人の名前を具体的に出していたわけではないのだが、若干の後ろめたさで居心地が悪かった。

「・・・何をしている?」
疑うと言うよりも、ただ尋ねただけな風だが、ぶれることなく向けられる視線はごまかしを許さないような錯覚を薬師寺に覚えさせる。

「えっと・・・、まぁ。なんだな・・・」
自然と歯切れの悪くなってしまった会話に、静観を決め込んでいるかのように見えた米倉、が突如として乱入してきた。

「眉村、お前さ」

「ば、馬鹿言うな、黙れ!よねく・・・」

冷たい物が背筋を走った。そのために軽く諫めるだけのつもりだった口調が、思ったよりも強く出て。今度こそ、本当に怪訝な表情を浮かべた眉村と、正面から目が合ってしまった。

「なんだ?」

「い、なんでもない!」


「なんでも無いわけはないだろう?」
俺が聞いては不味かったようだな。眉一筋動かさずに呟くと眉村はきびすを返した。
「え・・・そんな事は・・・」
最後まで言い終える前に、眉村は薬師寺達二人に背を向けて談話室の出口に向かっている。


「あれって、ひょっとしなくて、ちょっと不味いんじゃないのか薬師寺?」
台詞だけは心配そうだが、明らかにヒトゴトのような口調で(その通りなのだが)米倉は聞いてきた。あまりにのんびりとしたその様子に、額を軽く抑えたところで感情が収まるわけはない。


「もとはといえば、・・・お前の責任だろうが!!」



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