☆☆☆the first star to appear in the evening☆☆☆



【廊下(1st.interval)】

怒鳴り声とともに、形の良い坊主頭を、『必殺!週刊・ハリセン・ベースボール』の一発で仕留めると、薬師寺は眉村の背中を追いかける。

無駄に長い廊下を抜け、階段を駆け上がって。

努力の甲斐があってか、彼がドアノブに手をかけた所に間に合った。

「ま、待てよ。眉村!」

荒く息をつく薬師寺を前にしても、眉村の表情は変わらなかった。

「・・・・・・」

「さっきは、すまん」
短い謝罪の言葉は、それ意外に適当な言葉が見つからなかったからだ。虚飾を一切はぎ取ったかのような眉村の前では、言葉を尽くすのが、ひどく相応しくない気がして。薬師寺は合わせた視線を外さないようにする事だけに神経を集中させた。

「何故、あやまる?」

「いや、・・・嫌な気持ちになったかと思って」

謝罪すれば、それは自分の過ちを認めてしまう事に他ならないのかもしれない。それでも謝りたかったのは、せめても彼に対する感情に悪意が無い事を知って欲しかったからだ。

「嫌な気持ちになるような話をしていたのか?」

「それは・・・、別にしてないつもりだが」
軽い緊張感が漂う中に、微かな金属音が響く。湿った廊下の空気に、ふわりと乾いた香りが漂った。


「なら、かまわん」

部屋のドアを引いて、眉村はそのまま自室に入っていく。何故か扉は半開きのままだったが。

「おい!眉村、ドアがあけっぱな・・・」

「入れ」

ドアの向こうから聞こえてきた言葉に薬師寺は息を呑んだ。

部屋の灯りが廊下に零れて、微かな音だが何かの曲が流れている。

3分考えても、断る理由は思いつかなかった。

「・・・・・・お、お邪魔します」


***


【眉村の部屋】


部屋の作りは、寮なだけあって自分の所とたいした違いはなかった。散らかっている訳でもないが、几帳面に片付けられている訳でもない。机の上に広げられている読みかけの雑誌は、談話室で米倉が目を通していたのと同じものだろう。コンポから流れる音楽は、時間帯を考慮してか控えめな音量で。曲名こそ思い出せないが、フレーズに聞き覚えがあるのだから有名な古典(クラシック)なのだろう。

(ん?・・・あれは・・・、ジ○ア?)
そんな中、薬師寺の目に止まったのは、雑誌の横にちょこんと置かれた桃色の乳酸飲料の容器だった。眉村が自販機で購入していたのは、これだったのだろうか。ぶっきらぼうな部屋の中で、それだけが妙に可愛らしく浮いて見える。

(眉村と、ジョ○?・・・なんか似合わねぇな・・・)

「そんなに珍しいか?」
思わず凝視してしまっていたのに気づいたのか、近づいてきた眉村が容器を手に取り。そして、封を切っていないそれを、そのまま薬師寺の目の前に突き出した。

「え・・・?」
“飲みたきゃ、飲め”というように突き出されたジョアと眉村の顔の間を、薬師寺の視線は激しく往復する。

(こ、これは素直にもらうべきなのか?でも、消灯前にわざわざ部屋を出てまで買いに来たジョアを俺が飲んでも良いものなのか!?)

視線の動きと同じくらい、薬師寺の頭の中の葛藤は激しかった。なんとも言えない汗までもが、じんわりと湧いてくる。だが、どうやらその迷いを、眉村は否定と受け止めたらしい。
「いらないなら、いい」
差し出した手が微かに揺れて、胸元に戻りかけた。

「う、うわっ。待て待て!飲む、飲むから」

俺、実は苺味が一番好きなんだ〜。等と適当な言い訳をしながら、引っ込みかけた桃色の物体を眉村の手から取り上げた。その瞬間に彼の瞳にちらりと横切ったのは、たぶん、気のせいじゃない―――安堵の色だ。

「あ・・・?」

それでも一瞬の後に、その色はいつもの仏頂面の下に隠れてしまう。咥えかけたストローをそのままに、ぽかんとしている薬師寺の顔を見て、今度は別の色で眉村の瞳が揺れた。

「薬師寺、どうかしたのか?」

(ああ、そうか)
解ってしまえば、それはとても他愛ない。
いくら眉村の愛想が悪いといっても、感情が無い『ツクリモノ』ではないのだ。同年代の中では、ずばぬけた野球センスを持っていて、何を考えているか解らない等といっても。

(まぁ、そんな事考えていたのって、『俺』も一緒なんだけどな)

心の中で独りごちながら啜った桃色の液体は甘かった。



***

【自室( 2nd.interval)】



結局、その後はとりとめの無い話をしてから部屋に戻った。戻ると(案の定)興味津々といった顔の米倉が待ちかまえている。
「で、どうだった?」
「どうってなんだ?」
「怒ってたか?」
「だから、誰の事だ・・・」
「ごまかすなよ、眉村の事に決まってんじゃねぇか」
「・・・ああ」
あれぐらいで怒るヤツかよ。と薬師寺が言えば、米倉は『そうか』とあっさり頷いた。さっきの事もあるから、てっきり話を蒸し返されるかと構えてみたものの。今回は本当に納得したらしい。
こいつはこいつで訳が判らない、と思ったものの。一応、心配はしてくれていたのだろうから口に出すことはやめておいた。

(そういえば、眉村に部屋に入れとか言われたけど、理由聞いてなかったな・・・)


***


【眉村の部屋(end role)】



久しぶりのその甘さに舌が痺れそうだ。

「こんな甘いの、いつも飲んでいるのか?」

鼻に抜けた人工的な果実の香りで、部屋の空気まで甘く感じて。薬師寺が思わず口に出した疑問に、眉村は些か驚いたように問い返してくる。

「そんなに甘いか?」

「眉村は、・・・甘いの、好きなんだな」

ああ、と頷くエースの表情に、薬師寺の頬が自然に緩む。入学してからまだ3ヶ月。今までグランド以外で、彼と会話をした事など殆どなかったのだ。

「薬師寺は、甘いのは嫌いなのか?」

「嫌いじゃないぜ」

(これは、ちょっと甘すぎるけどな)
それでも、近いうちには美味いと思って飲めるような気がした。




これからも、こんな風に知っていけたらいい。

その感情をどう呼ぶかはまだ解らないけど。




☆☆☆end or to be continued☆☆☆