「おい!待てよ!」
大股で3歩分ほど先を行く背中を追いかけた。

師走の街並みは華やいでいて、騒がしくて、それでいてどこか寂しげだ。人波に揉まれながら、彼の背中を探す。
身長にたいした差はないはずなのに、この二人の間の距離はなんなのだろう。それをコンパスの差というのは簡単だが、認めてやるには悔しすぎた。
「待てよ!眉村!!」
「・・・・・・」
はっきりと拒絶のオーラを漂わせている眉村の背中に、花園にだって出場できそうなタックルをかましてやった。


【ShootingStar ☆≡】



大きく前につんのめった後、腰に吾郎をぶら下げたまま踏ん張れたのは、さすが元海堂のエース、そして現オールジャパンのエースといったところだ。
「・・・離れろ、茂野」
「嫌だ・・・」
「離れろと言っている・・・」
「絶対に、い、や、だ!!」
言葉通り、絶対に離れてやるもんかと腰に巻き付けた腕に更に力を込めた。だが、巻き付かれた眉村の方だって一般人とは程遠い力を持っている。
その彼が、『眉村健』を知っている人間なら誰しもが驚くような頑迷さで吾郎の腕を外しにかかった。最低限の言葉で、最適な道を選ぶのが彼のいつものやり方だが。今回の眉村の行動は、そのセオリーから見れば、些か子供じみていたとも言えた。
「・・・・・・離れろ」
「嫌だ!!」
必死でしがみつく吾郎と、同じくらいに必死で引き剥がそうとする眉村。揉み合ううちに、周囲でモーゼの十戒もかくやと思える見事さで人波が別れ始めてしまう。
小さな子供がもの珍しげな視線を寄越すにいたって、二人はやっと気がついた。

(ちっ・・・、このままではマズイな・・・)
(くっそ、これじゃあいつまでたっても埒があかないぜ!)

事ここに至って、吾郎と眉村は初めて意見の一致を感じたのである。

「ここからは、俺のマンションの方が近い。話はそこで、だ」

「おう・・・。」

ようやく軽くなった腰に手を当てると、眉村は再び吾郎に背を向けて歩き出す。



いつからこの背中を追いかけていたのだろう。追いかけて、自分は追いつけたのだろうか。




□□□


勝手知ったる我が家のように、ごく普通の顔をして吾郎は冷蔵庫を開け冷えたビールのプルトップに指をかけた。

「・・・おい。お前酒を飲みに来たのか?」

そんな吾郎の態度に対して、不機嫌の色を隠さずに眉村は問いかける。目の前で缶ビールを煽る吾郎の顔には、往来で自分の腰にぶら下がった時のような必死さは、欠片も見えなかった。

「別に、これくらいケチケチすんなよ」
「飲むなとはいっていない」
でも、飲んで良いともいっていない。言いながら飲みかけの缶を取り上げると、どこか投げやりな表情を浮かべた吾郎と視線が重なった。

(どうして、俺は気づかなかった?)

「なんだよ・・・眉村?」
訝しげな声で聞かれても、とっさに気の利いた文句は出てこなかった。思い返せば、最初からおかしかったのだ。吾郎が眉村の常識からは(柔らかく言えば)比較的外れた行動をとるとはいえ、今日の様子はその基準からをも外れている。

「・・・お前こそ、何があった?」
先程までとは明らかに異なる眉村の態度に、今度は吾郎の表情が変わった。奇妙に歪む顔を見て、眉村もようやく納得がゆく。

理由は判らないが、落ち込んでいるのだ。吾郎は―――

理由を尋ねるより先に手が伸びる。それは自然に吾郎の頬に触れ、唇をなぞり、抱き寄せる。
全く抵抗感無く収まった身体は、腕の中で少し強ばっていた。

「茂野・・・」

「聞くな・・・。眉村」

それ以上の質問は許されなかった。
(もっとも今聞かなくても、後で聞かないという訳ではないからな)

吾郎から始められたキスは、熱を帯びた唇が微かに震えていた。



■■■

【side G】

肩から腕にかけて、無駄なく綺麗についた筋肉はそれだけで鑑賞に値すると思う。眉村の肩に手をかけて引き寄せると、結合は一層深くなって吾郎自身を苛むが離れる気にはなれない。

「くっ・・・ん。し、げの」
はっ、と短く吐き出された息が鎖骨の辺りにかかって、腰骨に響く。今、声を出すときっと甘ったるくて、自分の物だと信じられないような音が出る。
経験からそれが判っているから、呼びかけられても応える事が出来なかった。自然に顔を背けるようになり、むき出しになった首筋に眉村の熱い吐息が落ちてくる。
「・・・ん」
ぽたりと滴る感触はきっと汗だろう。外はきっと寒くて堪らないはずなのに、二人でいるこの場所だけはうだりそうに熱くて仕方がなかった。

「眉村、熱い・・・」
「熱いな・・・」
奇しくも同じタイミングで、同じ音が零れて、眉村のいつもより広がった瞳の中に自分が大きく映り込んでいるのが見える。

「お前のそんな顔、・・・見んの久しぶりだな・・・」
律動を止めた眉村に、まじまじと見つめられて何だか居心地が悪い。それでなくても今の状況は余裕なんて物が少しも無いのだ。
『・・・茂野』と小さく呼ぶ声がして、眉村の肩が揺れる。それは吾郎に快楽を与えるための動きではなかったが、張り詰めて、弾けそうな身体には充分すぎる程刺激的だ。

「あっ、くっ・・・ん」
急いで歯を食いしばったところで、唇から漏れた嬌声は元には戻らない。そんな自分を見つめる眉村の目が微かに細くなり、宿る光が和らぐ。その顔を見ると、身体のどこかに残っていた緊張がふわっと溶けて体温が上昇し始める。

(どうしようもない位、優しい。)

無愛想で、無口で、感情に乏しい様に思われているが。実際の眉村は驚くほど優しかった。ただ、それを上手く見せる術を持たないというだけで。

たまにしか、そんな優しい顔を見せないくせに。その優しさを知ってしまえば、後は囚われるしかない。

「眉村・・・。まゆ・・・む・・・らぁ」

肩に置いていた手を、背中に滑らせてきつく抱きついた。自分の声の甘さなんて、もうかまってはいられない。肩口に顔を埋めて、硬く鍛え上げられたそこに軽く歯を当てる。くすぐったかったのか、眉村の口からくぐもるような声が零れて肩が震えた。そんな動きさえ神経が敏感に拾って、内壁がきゅうと喰い付くように締まるのが判る。

「くっ・・・」
眉村の眉間に皺が寄って表情が強ばった。
試合でも、日常生活でもありえない位に近くにある顔の秀麗さはそんな事位では崩れないが。めったに見られない確率は、先程の優しい笑顔と並んでいる。この表情を見て、喜んでいる自分に気がついたのはいつの事だろうか。

『・・・・・・』

吾郎は急に、『何か』を眉村に伝えたいと思った。
けれど唇を開いても、言葉は音にならず微かな溜め息だけが漏れる。


(俺は・・・何を言うつもりだった・・・?)


思考は快楽に揺さぶられ、はっきりとした形をとることが出来ない。一所懸命追いかけても、届かない気がして抱きついていた眉村の背中に思い切り爪を立ててしまった。

(ああ、痕になっちまった・・・かな・・・)

これは『愛しい』という言葉とはどこか違う気がする。もっと曖昧で、そのくせに激しくて、手放せない温もりを持った関係。

それを何と呼べばいいか、自分は知らない。




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