■□■Ask, and it shall be given to you;04■□■


■side 寿也■

(いったい、兄さんは何が言いたかったんだろう・・・)
一人リビングに残された寿也は、間もなく日付が変わろうとしている時計を見つめていた。
今日の行為に不満があったのか、とも思ったが、最中の兄の事を思い返せば何かが違う気がする。両親にさえ告げられない関係になってから、もう大分経ったが、吾郎が抵抗をしたのは一番最初の時だけだった。

無理矢理に及んだ行為の後、寿也の内は暗い歓喜と絶望で埋め尽くされていた。
意識を戻した吾郎の顔を見るのが恐ろしくて、翌朝は不必要な程早く家を出て学校に行き。日が落ちてからも、なかなか戻る事は出来なかった。
ようやく、母にも心配をかけるからと玄関の前に立った時、彼を出迎えたのは信じられない事に、兄だった。

『おせぇな、寿!いったいどこほっつき歩いてたんだよ!』
当たり前のように怒鳴りつけられて、自分はさぞかし馬鹿みたいな顔をしていただろう。
『・・・・・・』
『ほら、早く上がれよ。晩飯の支度も出来てんぞ』
『・・・・・・うん』

ただ、頷く事しか出来なかった。

まともに顔を見る事も出来なくて、下を向いた拍子に脱ぎかけた靴にぽたぽたと滴が落ちる。生温かい水はなかなか止まらなくて、しびれを切らせて様子を見に戻って来た吾郎を驚かせた。
あの時、泣いている弟を見て、彼は何を思ったのだろう。呆れたような、それでも優しい眼で吾郎は自分を抱きしめてくれた。
抱きしめられた時、寿也は“許して欲しい”と言った気がする。だが、兄はそれに何と答えてくれたのだろうか、何故か思い出せない。
思い出せないもどかしさは、そのまま先程の吾郎の背中と重なった。

(なんで兄さんは、この関係を続けているんだろう・・・)

断ち切ろうと思えば、切れたはずなのだ。
一度きりの関係で、何故終わらなかったのだろう。あの夜の後、最初の抵抗が嘘のように吾郎は自分を受け入れてくれていた。むしろ、どこか積極的なところさえあった気がする。
そして、どこか釈然としない物を感じながらも、寿也は二人の関係に溺れた。あれ程強く望んだ人が、傍らにいる喜びに溺れずにはいられなかった。
それが、何故今になって・・・。

(もしかして、―――終わらせたいんだろうか・・・、兄さんは・・・)


今更のように思い当たった考えに、背中がぶるりと震えた。



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■side 吾郎■

寿也をリビングに残したまま戻った部屋は、さっきまで抱き合っていた事が嘘のように肌寒い。
いつの間にか乱れていたシーツも綺麗に直されているところが、寿也の性格を感じさせて、今は少し辛かった。
「ちっくしょー、寿のやつ・・・。あんな顔しやがって・・・」
ごろりとベッドに転がると、懐かしい慣れた香りがする。洗濯用の洗剤、自分の部屋、弟の匂い。それらが混じった枕に顔を擦り付けると、苛立ちが一層強まった。
たぶん自分の本心は、これっぽっちも寿也には伝わっていないだろう。
去り際に見た、寿也の表情を思い出すと胸の内の、ひどく柔らかい部分を抉られるような気がした。

さっきは、あんな態度をとってみせたが、寿也に傷ついて欲しい訳では無かった。
吾郎を抱くときの寿也は、時折何かに苦しんでいるような表情を見せる。それを見る度に、今の関係を寿也が望んでいるわけで無い事を、自分の目の前に突きつけられている気がした。
いつもだったら、行為に溺れる事で頭の片隅に追いやっていたのに、何故だか今日はそれができなかった。


(いったい、・・・俺は、どうすればいいんだよ!!)


何度自問自答しても、答えは出せないでいる。
傷つけるのは嫌で、でも手放す事も出来なくて。自分のエゴ良くの深さには呆れる他がない。


―――眠れないままに夜は更けていった。






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