■■■Ask, and it shall be given to you;05■■■




突っ伏した場所の固さと冷たさに、寿也の身体がぶるりと震えた。
「――、あのまま寝ちゃったんだ・・・」
カーテンを寄せて外を眺めれば、夜明けが近いのだろう。薄墨色の空が、流れるような早さで明度を増していた。
窓ガラスにこつりと額を寄せると、溜め息で僅かにガラスが曇る。

(僕達の関係って、結局なんなんだろう・・・?)

兄弟の枠を壊してまで繋いだ身体に、意味があったのだろうか。結局、吾郎を傷つけただけで何の意味も無かった―――

「・・・戻りたい」

自分の感情に気づかなければ良かった。そうすれば、家族として、兄弟として笑いあっていられたのに。何よりも、その想いに吾郎を巻き込んでしまった事が苦しくてたまらなかった。

(――それでも、誰にも渡したくないんだ・・・)

もう一度溜め息が漏れて、視線を落とすと、窓ガラスに人影が映り込んでいるのに気がついた。

「・・・・・・え?」

振り返れば、いつの間にか、部屋で寝ているはずの兄が後ろに立っている。
こんな早くに起きてくるなんて、思ってもみなかった。と、驚く寿也を見つめる吾郎の顔は、血の気を感じさせなくて、寿也の奥に不安が湧き上がる。それでも、乾き上がった喉が声を出すことを許してくれなかった。

そんな中で、先に想いを零したのは吾郎の方だった。




「そんなに、戻りたいのか?」

「兄さん・・・」

「やっぱり、・・・後悔してるんだよな?」
そんな事は、当たり前だよな。吾郎の呟きが、二人の間に落ちる。

だが、その言葉の意味を寿也が理解するには、少しばかり時間がかかった。

「・・・え!?後悔って!」

頭の中が真っ白になって、吾郎の言葉だけが激しく渦巻いている。

(後悔って、兄さんが?俺が?・・・でも、今の言葉だと・・・どうして!?)

何故、吾郎がそんな事を言うのだろう。そして、何故、彼の顔は自嘲するように歪んでいるのだろう。
自分の中に突然に湧いてきた考えを、寿也はすぐに信じる事が出来なかった。

混乱し始めた寿也をどう思ったのか、吾郎の顔は更に俯いて、声も絞り出すようなものに変わってゆく。

「無理すんなよ、寿。・・・忘れろよ、今までの事なんか。

だから、俺の事で後悔したり、傷ついたりしないでくれよ・・・」



―――ぽつぽつと零れる言葉を、最後まで聞く事なんて出来なかった

「僕は・・。僕は、後悔なんかしていない!」

見開かれた瞳に写る自分の姿が、急速に大きくなって見えなくなる。腕の中の身体を強く抱きしめると、寿也はそのまま床に倒れ込んだ。

「痛ぇ・・・な」
「あ!え。ご、ごめん!」
派手な音がして、二人の身体はフローリングの上を転がる。叩き付けられた痛みに眉を寄せる兄を、改めて強く抱きしめた。
「僕が後悔してるなんて、・・・どうして思ったの?」
身動ぎをする余裕さえ与えない程、腕に力を込める。微かに芽生えた期待が、感情を煽って力を加減する事さえ出来なかった。

「どうしてか、教えて。・・・兄さん」





「それは・・・、お前があいつの事ばっかり聞くから・・・。てっきり・・・」
「あいつ?」
言いかけて、顔を背けて拗ねたように唇を尖らせる吾郎を見ると、寿也は不思議そうに問いかけた。
「“あいつ”って誰のこと?」
横を向いてしまった兄の顔を覗き込んでみれば、彼の頬には赤みが差し、耳の辺りまで真っ赤に染まっている。
(え・・・、この反応って・・・。)
思い当たる理由は、一つしかない。それに気がつくと、寿也は自分の顔にも血が昇るのを感じていた。
「に、兄さん・・・」

「だから、あいつって・・・し、清水だよ!お前があんまりあいつの事を気にするから・・・」
清水の事が、好きなんだと思っていたんだよ!
ますます赤みが増して、不機嫌そうに吠える吾郎の顔をまともに見る事が出来ない。見れば、緩みそうになる口元を押さえる事が、きっと不可能になる。

「・・・なんだ、そうだったんだ」
「『なんだ』って、何言ってんだよ!お前があいつの事を散々聞いてきたから、そう思ったんだろ!!」
「うん。そうだね・・・。でも、僕も、兄さんが清水さんの事を好きだと思っていたんだよ。」
「はぁ?なんだよ、それ!!」
「だって、あの頃はそう思いこんでいたんだから、仕方・・・ないよ。」


「寿也・・・?」
「なんでも・・・ない・・・」
首筋に温かい感触を感じて、吾郎は身体の上にある寿也の頭を抱きしめた。
「・・・泣くなよ」
「な、泣いてなんか・・・」
「たまには、お前も甘えろよ」
少しは兄貴らしい事もさせろ。と笑えば、微かに頷いて寿也の力が抜けた。




感触を確かめるかのように、ゆっくりと寿也の髪を撫でる。

(俺達は随分な回り道をしてきたから。)

「寿、俺は・・・な、お前の事が本当に好きなんだ」
「兄さん・・・」

戸惑いながら触れてくる手の感触が、今までで一番愛しかった。
血の繋がりがあっても、なくても、これ以上に愛しい手を俺は知らない。
それでも想いの全ては声にならなくて、口から出るのは結局こんな簡単な言葉だけだけど。

「好きだ。」

―――寿也。



だから、もう泣かないでくれよ。






■■■End■■■



m+の池内様から、素敵なCDと漫画を頂いたのに「お礼をさせて下さい!!」という事で、作成したお話でした。リクの「兄弟禁忌物」というにはドロドロ感が足りない気もしたのですが・・・。書き終わってみても、なんだか未消化の部分が多かったので(汗)、そのうち続きでも書ければ良いな〜などど勝手に思っています。最後になりましたが、池内さん、本当にありがとうございました!!こんな二人ですが、是非もらってやって下さい・・・。