■□□Ask, and it shall be given to you;03■□□




「ねぇ、兄さんからも、キスしてよ・・。僕からばかりじゃ、ずるいじゃない?」
幼子がだだを捏ねるように、口にすれば吾郎の腕が首に絡まり引き寄せられる。腕だけでなく、寿也を挟む形で広げられた足も腰に絡まり、僅かな残っていた隙間も埋まってゆく。

「とし・・・」
視界が揺らぎ始めた瞳で、吾郎が唇を寄せてきた。

「キスして・・・、兄さん」
「ん・・・」
そのタイミングに合わせて、寿也は背中をさする手で吾郎の腰を掴み、今までの緩やかさが嘘のような激しさで奥を抉った。
「んっ!んんーっ、くっ。ああぁっ!!」
完全に不意をつかれた吾郎から、悲鳴のような嬌声が漏れたが、最初の声は塞がれた唇のせいで、喉の奥に消える。
特に反応が大きかった所を、掠めるようにすると背中に回された吾郎の手がツメをたてた。
「やあっ、ああっ。あっ!」
「兄さ・・・ん」
刺激の強さから逃れるように、唇をもぎ離した兄を追いかけて、またその唇を塞ぐ。

少しだって、離れていたくはなかったから。

二人分の汗で湿ったシーツが、水のように肌に絡んでくる。その感触は、あの夏の夜の大気を寿也に連想させた。
「寿ぃ、と・・・しやっ、ぁっ!」
限界が近いのか、吾郎の声も表情も、腕の中で蕩けきったようになっている。もう、どちらのか判らない体液に濡れた唇が、ねだるように開かれて、ちらりと紅い舌が覗いた。
「・・・っつ!!」
体中を押し上げるとうな快感が、繋がった部分から湧いてくる。今までで一番強い締め付け具合と、腹に広がる濡れた感触に、吾郎が解放されたのが判ったが、寿也の動きは止まらなかった。
「っ、はっ。・・・兄さん!」
更に深く繋がろうとするように、立て続けに突き上げる。濡れた音が部屋に響き、その音の大きさに反比例するように、吾郎の声は切れ切れになっていた。

「やぁ、・・・あぁ・・・っ。」


揺さぶられる吾郎の手が、するりと背中から落ちた。

「・・・・・・?」

自分に絡みつく身体から力が抜けたのを感じて、寿也が顔を見れば、兄の意識は白い布の海に沈んでいた。



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漸く気がついた吾郎を促して、リビングの椅子に座らせる。テーブルにグラスを二つ並べると、冷蔵庫から麦茶を出して注いだ。
「・・・麦茶で良かったよね」
「ああ、・・・うん、それでいいぜ」
ゆっくりと口に含むと、冷たさが喉に心地よかった。




「母さんは、またおやじと同じ飛行機で帰って来るのかよ?」
壁に掛けられたカレンダーを見ながら、吾郎が問いかけてきた。今日と、明後日の数字が赤い丸で囲まれていて、その間を線が繋いでいる。

「うん、そうみたいだね。『お土産に明太子買ってくるわね』とか言ってご機嫌だったよ」

兄弟が中学生になって間もなく、母はプロ野球選手である父の遠征に、度々ついて行くようになっていた。プロの野球選手であるからには、シーズン中は遠征に次ぐ遠征で、家に居ることはめずらしい。
二人が幼い頃は、子供達のためと家で父を待っていた母だったが。ある時マスコミによって報道された、父の浮気疑惑を目にしてから、彼女は家で待つ事をやめてしまったようだった。
(幸い、報道の内容は事実でない事がすぐに判明したため、最悪の事態は避けられたが、母には何か感じる物があったらしい。)

「結局、母さんは恋人気分が抜けてないって事だよな〜」
「それは、父さんも変わらないよ」
母が遠征先について来る事について、意外な事に父は嫌がらなかった。嫌がるどころか、今では試合後やオフの時間は、“母と二人で名所巡りなんて行っている”なんて聞いている。
ニュースソースは他ならぬ父からなのだ。本人が鼻の下を伸ばし気味に語っている辺りから察するに、夫婦の時間は相当な甘ったるさを周囲に振りまいているらしい・・・。
(顔を顰める父の同僚の顔を思い浮かべて、兄弟は良く笑いの種にもしていた。)

「そっか・・・・・・」
ところが、いつも通りの会話をしていたはずなのに、今日の吾郎は飲みかけのグラスに視線を落すと、それきり黙り込んでしまった。グラスの底を見つめる瞳は、水面のように不安げに揺れている。
「どうしたの?」
「・・・・・・。」
「・・・黙ってちゃ判らないだろ」
グラスから持ち上げられた視線が、一瞬責めるような色合いを帯びて突き刺さった気がした。
「何でもねぇよ」
乱暴な仕草でグラスを置くと『部屋に戻る』と言い捨てて、吾郎は立ち上がった。
思わず追いかけようとした寿也の身体を、兄の背中が押しとどめた。

「もう、寝るから・・・」
悪ぃな。と振り返らずに告げられた言葉は、ひたすらに寿也の言葉を拒絶していた――







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