プリーズ・プリーズ・ヘルプ・ミー
○○○プリーズ・ティーチ・ミー(ヘルプ・ミー後日談)○○○
「なぁ泉・・・」
「なんだよ」
季節柄乾燥しやすいんだとの言葉通り、若干ぱさついた髪を掻きながら浜田は自分の机につっぷしている。
隣に座る泉は昼食後の貴重な時間を睡眠にするか、読書(といっても野球雑誌か漫画のどちらか)に当てるか迷ってる風だった。(要するに、ちょっと相談に乗るくらいの時間はあるように見える)
「・・・やっぱり、いいです」
「じゃあ、言うな」
『遠慮』した浜田の発言は、ばっさりと切り捨てられてしまった。
その、あまりに『遠慮』の無い一言に唖然。
次に、多分に恨みがましさを含めた目付きで「・・・ひでぇ」と呟いてしまった浜田が、己の失態に気づいた時には、泉の視線が―――これ以上無いくらい冷め切ったものになっていた。
「あ・・・えっと、い、今のは冗談」
「あ、そ」
「え、えっと・・・」
言いかけて、でも引っ込めて。そんな時、この冷静な幼馴染みは突っ込んでくれるほど世話焼きでもない。
仕方なく再び口を開こうとする浜田に「つまんねー話ならするな」と太い釘が飛んできた。
「まだ一言も言ってねーじゃん!」
「言われてからじゃ遅い」
「なんだよ、それ・・・」
あんまりに、あんまりな言い様なのではないだろうか。
―――昔は『浜田先輩!』とか言って、あんなに可愛かったのになぁ・・・。
思わず過去に思いを馳せる浜田の後頭部を、今度は容赦ない一撃が襲った。
「い、痛ってぇ!」
「何にやけてんだよ。ウザイ、キモイ」
それでも泉が顎をしゃくって見せたのは、一応「聞いてやる」という意思表示らしい。
「泉、お前な・・・」
生憎のところ「やっぱり聞いてもらわなくていいや」なんて言える蛮勇を、浜田は持ち合わせていなかった。
促されるままに頭の低い先輩は、重い口を開いてぽつぽつと話し始める。
「あのさ、昨日、三橋から電話かかってきてさ・・・」
「それで?」
「いや、なんかすげぇ焦った感じでさ。何かと思ったら・・・」
「もったいぶんないで、とっとと続けろ」
別にもったいをつけてる訳じゃなくて、自分でも整理しきれない部分がある為に話が途切れがちになるのだが、説明したところで―――また、鼻で笑われそうだからな。と思った浜田は、とりあえず言われた通り単刀直入。
本題に入る事にした。
「チョコレートの作り方、聞かれたんだ」
「はぁ?」
唖然とした顔の泉に、そうだよな。あの時の俺だってそんな顔してたよ。と心の中で拳を「ぎゅ」と握る。
これで、ようやく自分の受けた衝撃を共有出来る!!
―――意気込んだ浜田は、説明を続けようとした。
「だから、どうやってチョコレー・・・」
「それはもう聞いた」
「・・・へ?」
確かに繰り返しになるかもしれないけど、それくらい(しかも『チョコレート』って単語くらいは)許容して欲しいよな。
でも言ったら「ウザイ」って言われそうだな。
等と自問してしまう浜田に、『先輩の威厳』というものは存在しない。
しかも『後輩の貫禄』を満載した泉は、視線だけで話の先を促してくる。
「で、浜田はどうしたんだよ?三橋のその電話に」
「あ、えーと・・・俺は、だなぁ・・・」
急かされたところで、なんとなく歯切れが悪くなってしまうのは内容が内容だからだろう。
◇昨日の電話(脳内再生開始)◇
―――トゥルルル、トゥルルルルル―――ピッ
『は、浜、浜ちゃん!?』
『お、おう。どうしたんだよ、三橋。なんかあったのか?』
『え、えっと浜ちゃんに教えて、ほ、欲しい事があって・・・』
『なんだ?俺が知ってる事なら、何でも教えてやるよ』
『あ、あの・・・』
『ん?』
『あの、あの・・・ち、ちちち』
『ちちち?』
―――チチチ、って鳥の鳴き真似か?なんて突っ込まないでやって良かったよな・・・。
薄い金属の向こうで、嫌というほど三橋が逡巡しているのが伝わってくる。流石の浜田も、笑い事で済ませられない雰囲気は感じ取っていた。
『ほら、三橋。言ってみろよ』
なるべく穏やかに、少しでも先輩らしい頼りがいを感じてくれれば、と語りかけると。
すっ、と息を呑む気配があってから、
『う、うん。あ、あの、あの・・・』
三橋は小さな事で話し始めた―――
◇なんだかんだで、1時間30分後◇
『じゃあ、これで、もう、大丈夫、か・・・?』
『う、うん。大丈夫だ、よ!ち、ちゃんと出来た!』
『ああ・・・良かったな。俺も嬉しいよ・・・』
『あ、あの、浜ちゃん・・・』
『―――な、何だ!?ひょっとして、まだ何か・・・?』
『う、ち、違う、よ。あ、あの・・・』
『お、おう・・・』
『あ、ありがとう!オレ、明日、頑張る、から!』
『あ、ああ、あああ・・・?』
『じゃあ、もう遅いし切る、ね!』
―――ガチャ、ツーツーツー
『これ以上、がん張る、って・・・何をだ、よ?』
◇再生終了◇
「でさ、何を教えて欲しいかっていうと、チョコレー・・・」
「―――チョコレートの作り方かよ」
「ちょ、泉!お、まえ!!」
それくらいもったいぶんないで、最初っから言えよ。と泉は実に詰まらなさそうな表情で呟いた。
「お、俺が話してるんだから、最後まで聞けよ!」
「途中で分かっちまったんだから仕方ねぇだろ」
「ったく・・・本当に・・・」
可愛げねぇな。と本当に口の先まで出かかった文句を浜田は飲み込んだ。
「それで、ちゃんとやったんだろうな?」
「へ?」
今度は浜田が聞き返す番だ。
「だから・・・、ちゃんと三橋に教えたんだろうな?」
「あ、そりゃ、まぁ・・・」
家中の本棚を漁って、母親の者と覚しき古い菓子の本を捲り、中でも簡単そうなレシピを電話越しに伝えた。あれなら溶かして固めるだけだからなんとかなるだろう。
「じゃ、いいや」
「いいや、って・・・おおまえ!」
「何?それで三橋はちゃんと出来たんだろ?」
「あ、ああ、後で電話掛かってきて、ちゃんと出来たって言ってたから・・・」
「それじゃあ、問題無い」
「ちょっと、ちょっと待てよ!」
浜田の言う問題は、三橋のチョコの出来云々ではない。
何故、三橋がチョコの作り方を聞いてきたのか(しかもバレンタイン前日)、調理実習があるなんて話聞いてないぞ(事実無かったし)、という事なのである。
「そこまでして『手作りチョコ』欲しかったのかなぁ・・・」
何がそんなにも三橋を駆り立てるのか、未だ理解出来ない浜田は首を捻るばかりなのだが、
対する泉は、あくびをひとつして開きかけの雑誌を閉じた。
「別に三橋も、自分が欲しかったわけじゃないだろ」
「は!?じゃあ、なんだよ。何のためにチョコの作り方なんて・・・」
「んなの、自分で考えれば?」
分からないから相談してるんだろ。とぼやく応援団長に、泉の口元が人をくったような笑みを浮かべ、お前も想像力乏しい奴だな。と宣(のたま)わった。
「―――いや、想像力ってよか、観察眼かもな」
「はぁ・・・」
「まぁ、三橋は喜んでんだし、それでいいだろ」
「いや、俺、今お前の所為でヘンな想像しかけたんだけど・・・三橋がチョコを」
浜田は、一瞬、三橋が手作りチョコレートを『誰か』に渡す姿を想像してから
「あいつだって男だろ?」
即座に打ち消した。
「ああ、じゃあせっかくだし、一つだけ教えてやるよ」
三橋も上手くいったみたいだからなぁ。と、またもや意味深な言葉は、この際置いておこう。
「ま、マジで!」と食い付く浜田に、泉は些か重たそうな瞼を持ち上げた。
「浜田のさっきの一言。半分くらい当たってっか・・・ら」
「は、い!?おい、当たってる、ってなん・・・だ、よ」
「・・・・・・」
「―――寝付き、早すぎだろ・・・」
追加の質問は許可されなかった。微かな寝息をたてる細い背中を見ながら、溜め息だけが漏れる。
「まったく、当たってるって言われても、それだけじゃ分かんねーのにな」
泉の言葉は、短いクセに色々な物を含みすぎている気がする―――それでも確かに、三橋が幸せならそれ以上気にするのは野暮なのかも知れないのだが。
「―――ま、いっか」
途端に、何処からか甘ったるい匂いが漂ってきた気がして、浜田は自分の鼻を少し擦った。
今度聞かれた時は、もうちょっと凝ったレシピを用意してやろうと思いながら。
Happy end
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