□□□クリスマスは勝負の日!!(薬眉『the first star to appear in the evening』)□□□


1週間も前からせっせと作っていた飾りが、次々と談話室に彩りを与え始めたクリスマス・イブ。色紙で作った輪飾りや花は定番だが、それに加えて今年の目玉が部屋の中央に鎮座している。

「・・・これ、どこから持って来たんだ?」
天井すれすれまでそびえ立つ、フレッシュなクリスマスツリー(飾りナシ)を見上げて、薬師寺はくらりと足下が揺らぐ感覚を覚えた。

(これが・・・目眩ってやつか・・・?)

あまりにも非現実的な光景は、網膜フィルターを通っても脳が正常な情報と判断しなかったらしい。針葉樹特有のすがすがしい香りさえ、何の効果も無かった。むしろ、脳内の情報を著しく混乱させている。

「これ、どうやって談話室に入れたんだろうな・・・?」

血流の響くこめかみを押さえていると、ぽつりと呟く声が隣から聞こえた。心なしか紅潮した顔の眉村が、熱心な眼でツリーを見上げている。

「千石先輩がもらってきたらしいぜ、あのヒトならこれ位の事は朝飯前だろう」

1軍の4番を張る強打者は、その私生活においても数々の武勇伝を誇っている。それが単に誇張された噂で無いとするならば、樅の木の1本や2本は軽いものだ。

「・・・ああ、でもすごいな」
「まぁ、・・・そうだな、すごいな」

部外者が見れば、木を見つめる眉村の表情はあくまで冷静なものだったろう。それでも、薬師寺には、眉村の瞳に揺れる楽しげな光が見えていた。
短い感嘆の言葉をあげた後、しばし二人は木を見上げて佇んでいたが、

(―――沈黙はすぐにも破られる。)

ひゅっ、と風を切るような音が聞こえた瞬間。奇跡的に身をかわせたのは、野球部特待生としての反射神経の賜物だ。

「おい・・・、そこの一年」

鋭い音を立てて薬師寺と眉村の間を抜けた球体は、裸のツリーにぶつかって、こつんと床に転がった。
振り向けば、千石と並んで海堂高校野球部の誇る不動のエースが仁王立ちしている。

「榎本先輩・・・」
「・・・・・・」

「あぁん?お前ら、ツリーの飾り付けの担当の一年だろ?」
ちんたらやってんじゃねぇよ。綺麗な顔に似合わず、口から飛び出る言葉はかなり荒っぽい。しかしながら、榎本の片手にぶら下げたバケツからは、電飾やらオーナメントやらが賑やかに溢れかえっていて。その落差は最早、見事としかいいようがなかった。



「・・・先輩も飾り付け担当なんですか?」
床に転がった金色のオーナメントを拾い上げながら、眉村の視線はじっと榎本を見据えている。

「そうだっていったら・・・、どうすんだ?」
「・・・・・・」

和やかさとはほど遠い空気が、眉村と榎本の間に漂い始めた。

『お、おい。眉村、なにやってんだよ!』
『・・・・・・』

小声で呼びかけるも、眉村が応じる様子は微塵も無い。睨み合うジャイロボーラーに挟まれて、薬師寺は正直頭を抱えたくなった。それでもこの場の仲裁に入ろうとする自分の苦労性を、忌々しく思いながら、「ともかく、先に飾り付けを・・・」と言いかけた時、

―――事態は動いた。

榎本の持ってきたバケツから、ひったくるようにして眉村が電飾を引き出した。負けじと榎本がキラキラとしたモールを取り出してツリーに飾り付ける。

「・・・俺は、どうすれば良いんだ?」

自分は些か修行が足りないらしい。猛烈な勢いで飾り付けられる巨大な樅の木を見ながら、薬師寺は呆然としていた。

(それにしても眉村のやつ。イベントに燃えるやつだったんだ・・・)

思っていた以上に、彼はこのおかしな部活の雰囲気に馴染んでいるらしい。真剣な眼差しで飾り付けをする眉村を見て、薬師寺は肩の力が抜けてゆくような気がしていた。

「・・・楽しんだ方が、勝ちってわけだな」

そうと決まれば話は早い。このツリーのサイズは特別だ、まだまだ自分が参戦する余地はある。



やってやるか。と呟いた薬師寺の手には、

しっかりと特大サイズの星が握られていた。