□□□マフラー□□□(大河+綾音)


女って生き物は良く判らない。どんなに寒くたって、お世辞にも細いといえない太腿を剥き出しに登校する姿は自分から見ればただの馬鹿だ。
本人達に聞かれたら犯罪者のように罵られそうな事を考えながら息を吐いた。鈍重な空にそれは白く散らばる。

大河の首に巻かれているのは、今朝の憂鬱な天気に対抗する様にとんでもなく明るいオレンジのマフラーだった。ちょっと目に優しくないこれは、姉である薫のチョイス。弟の立場からすると、チョイスというよりも体よく押しつけられたという方がきっと正しい。代わりに買ったばかりのざっくりとした緑のそれを持っていかれたのだから。

(日本国内どこでも窃盗にでも当たりそうな犯罪事件だったのだが、生憎、清水家の中は治外法権らしい。)

「まったく・・・・・・、でれでれしやがって・・・」

忌々しさを込めた瞳で前方を見やれば、そこには奪われたマフラーと姉。隣には野球部のエースの姿。あのマフラーが実は吾郎の気に入っているブランドの物であった事と、それがもう品切れだった事が姉の暴挙の原因なのは明らかだ。さすがに弟のお古をプレゼントするという大胆な行動は出来なかったようだが、彼の好きな物を身につけたいというのは実にいじらしい女心。
だが、思わず口をついて出た言葉はそんな姉に対しての物ではなく、事情を知らない彼に対するものだった。
自覚している分だけ不毛さを増す思いは、それでも日々募る一方で。勢い乱暴になる足取りを大河は自分で止める事は出来なかった。



「おはよう、清水。何、つまらなさそうな顔してるの?」

揺れる長い髪、前方を歩く女子達と似たり寄ったりの短いスカート。同じクラスで同じ部活。そうでもなければきっと口なんか聞いてもいない。
「鈴木・・・・・・」
へぇ、と呟く声が聞こえたのでふと視線を向けると、綾音の目は肩を並べて歩く上級生に向けられていた。
「清水先輩と茂野先輩って、結構仲良いんだ?」
「はぁ?お前何言ってるの?」
「だって今日だって一緒に登校してるじゃない」
「偶然、途中で会っただけだろ」
「だって、あのマフラーもお揃いでしょ」
色は違うみたいだけど。と続けられて『あれは俺のだ!』と思わず喉元まで出掛けた言葉を呑み込んだ。マフラーみたいに自分の物だと主張出来れば、簡単なのに。簡単だと判っているのにきっと言えない臆病な自分。だがそんな自分を見る綾音の瞳に、口に出された事以上の何かが含まれている事を大河は気がついた。

「お前だって、人の事言えないだろ」
そういえば彼女は、海堂の主将と中学時代に縁があったと聞いている。そしてまだ連絡を取り合っている事も。ただそれが恋愛にまで結実していないだろう事は綾音の瞳を見ればすぐに判った。
たぶん自分の瞳の色は彼女と同じ色をしている。たった今気づいたばかりだけど、きっと間違ってはいない。
「何が?」
「海堂行ってりゃ良かったじゃんかよ」
「別に・・・、そんな事しても何も変わらないもの」
そんな手段ではあの人の視界に入る事なんて出来ない。ただの後輩で終わってしまうもの。それではあの人を手に入れるなんて夢見る事も出来やしない。
事も無げにさらりと、こんな風に言えるまで自分はどれくらいかかるだろう。

「そのために、聖秀(ここ)に来たのかよ」

「うーん、どうかな。茂野先輩が来たのはラッキーな偶然だもの。これからどうなるかは、私次第でしょ」

大河にとって唯一無二の存在も、彼女にとってはただの手駒だ。清楚な笑顔でぺろっと、とんでもない事を言い出すマネージャー。これに比べれば、まだ自分の姉の方が可愛いってもんだろう。これだけ腰をすえてかかられたら、大概のヤツはきっとかなわない。

「女って・・・・・・」
「なあに?」
「いや、海堂の主将も随分なヤツに見込まれたもんだよな」
「・・・・・・だって仕方無いでしょ」
諦める事も、忘れる事も出来ないんだから。
「幸せになれって、遠くから祈ってやれば?」
「清水は出来るの?茂野先輩の事そんな風に思えるの?」
「・・・・・・」

「ほら、出来ないんでしょ。だったらやるしか無いじゃない」

思い切りよく言い放ったものの、綾音の鼻の先はほんのり赤い。それでも揺れる瞳を必死にこらして、彼女は前を向こうとしていた。その横顔がどこか自分の姉にも似ている気がして、大河はゆっくりと息を吐く。

「すげぇな、お前」
「え・・・、き、急に何言い出すの?」

―――褒めてやったのに、そんな目で見られるのって一体俺はなんなんだ?まぁそれならば、その目の期待に応えてやるのも男だろ?

「いや、本当すげぇと思ってさ。すっげぇ、しぶてぇな」

「は?」

『俺もそれ位しぶとくやってやろうかな』
小さく呟いた声にちらりと向けられた視線は、諫める色よりも面白がっている風にも見えて。

「手始めに、ちょっと行ってくっか」

いってらっしゃいの言葉は無かったけれど、一瞬振り返って見た綾音の顔は微かに笑っているようだったから。

「せんぱーい!」
「お、おう大河?」

少し驚いたように見開かれる目が好きだ。自分の名前を呼ぶ声も好きだ。こんなに彼にイカれまくっているのに、諦めるなんて到底無理なんだ。

「俺も一緒に行っても良いですか?」
「た、大河ぁ?」

姉の顔が引きつっているのが見えたけどかまいやしない。マフラーくらいはくれてやるけど彼の事は譲れないんだ。

「あん?俺は別にかまわないけど」
「えっ!茂野!?」
「うわ、姉貴の目マジ三角じゃん」
「こいつはー!」

子供みたいにじゃれあって、それでもいつか絶対に捉まえてやる。結ばれない運命なんてものがあったとしても、それに付き合ってやる義理はこれっぽっちも無いのだから。
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