【それは、まるで、夢のよう・後】







腰のベルトを緩める微かな金属音がして振り返る暇もなく、着替えて間もないズボンが膝まで下げられた。外気に晒された肌を熱い指先が這う。

「おい!待てって!本気で・・・っつ!」

後ろから臀部の狭間に押しつけられる眉村の物が、すでに充分すぎる位の熱を孕んでいるのに気がついて吾郎は息を呑んだ。節の固い指はなぞるように、まだ乾いて縮こまっている入り口の上を彷徨っていた。

「もっと力を抜け」
「ひぃ・・・ぁ」

ぐり、と抉るように身の内にねじ込まれた指を拒むように吾郎の身体が強張って、喉の奥から掠れた悲鳴があがる。肩から肩胛骨、なだらか背中からつま先までも張り詰めるように力が籠もったが、眉村の動きに躊躇は見られない。
ただ、呼吸を止めると固くなる吾郎をあやすかのように、内側を出入りするのとは反対の手が、勃ちあがり始めた吾郎のモノを緩く扱き始めた。

「茂野、そうだ・・・息を吐け」
「ああっ・・・んっ・・・」

言われた通りに息を吐くと、微かに弛んだ内側をより深く犯そうと指の数が増やされる。吾郎の屹立を愛撫する手の動きもそのままなので、先端から溢れ出した液体はゆっくりと後ろまで伝わり、後蕾を出入りする指に絡んでその部分を綻ばせる手伝いをし始めていた。

「う・・・く・・・っ」

ことさらに存在を教え込むかのように、眉村の指は吾郎の中をゆっくりと掻き回す。きつく締め付ける器官に、無意識に喉が鳴った。
男の生理は簡単だ。どんなに拒むツモリでも、所詮肉体に与えられる刺激からは逃れられない。

「・・・ああ」

逃れるための力が縋るためのものになり、拒む言葉が唇から零れなくなった頃を見計らうかのように、受け入れる準備を整えさせられた後蕾に眉村自身が一息に突き込まれた。
強引に始められ、早急に開かれた身体がそれでも馴染んでしまうのは、どこかでそんな行為すら許してしまっているからだろうか。

「うあっ!・・・んん!」

内壁をずるりと擦られる感触に、全身の神経が沸騰しそうになる。
嬌声があがりそうになるのをすんでの所で押しとどめた吾郎は、食い縛った歯の間から漏れたのが、ただの呻き声の様に聞こえるのを念じながら言葉を吐き出した。

「はっ、眉村・・・お前・・・ほんとにっ、信じられねぇっ!」

立ったまま後ろから穿たれて。ロッカーの扉に当てた震える手と額に、金属の冷たさが妙に気持ち良い。
揺さぶられる度に、二人分の体重を押しつけられている箱は、理不尽だと訴えるように耳障りな音を立てていた。

「何がだ・・・・・・」

これだけやっているのに、まだ彼の怒りは収まらないのだろうか。腰を掴む眉村の手は少しも弛まない。
深く浅く繋がりあった部分から、耳を覆いたくなるような水音が響いてきて、吾郎は無意識に頭を振っていた。

「だって・・・、こんな場所で・・・誰が来るか判らないだ・・・っ」
「そんな事か」
「“そんな事”って、おま・・・!」

『黙れ』というかの様に、身体の前に回って来た眉村の右手が、吾郎の胸の先の尖りを軽く捻った。綺麗に整えられた爪が、鴇色の粒を弾く快感。弱いのを知った上での愛撫は、吾郎にこれ以上の反論を封じさせる。

「ひっ、ぐっ・・・ん。」

それでも残り少ない理性を掻き寄せて、吾郎は声を呑み込んだ。胸を嬲る指も、背中を辿る舌も、押さえつける力とは裏腹に優しく。
視界を閉ざして、感覚を自分と眉村の二人だけに集中すれば、ここがどこかも忘れてしまえそうだ。

「はっ・・・く・・・」
「・・・そんなに声を出したくないのか?」

流されそうな自分を必死で押さえつけていた吾郎の耳に、熱い息がかかる。後ろから優しく寄り添うように、行為の激しさとはそぐわない甘い仕草。最奥
を緩く突き上げながら、耳の上部、軟骨が薄い皮で覆われている部分に眉村はかりりと歯を立てた。

「ふうっ!んぐ、うっ!」
「これで良いか?」
「ん・・・ぐん!ん!」

高くあがるはずだった啼き声が、喉の奥に押し込められたのは、唇を塞ぐ眉村の右手のせいだ。苦しげに首が振られるのを見て手の力は弛んだが、硬球を握るために硬く荒れた指先は、唇をこじ開け、歯列を割り、口吻の時と同じように舌を絡めとる。
口腔に深く指を押し込まれた吾郎の喉が、かは、と息を吐いて、強制的に分泌させられた唾液が指を伝い眉村の手首にまで滴り落ちた。

「苦しいか・・・?茂野」
「ふ・・・、こんの・・・変態!」

負けん気と、体力と、口の悪さで吾郎と張り合える者は、この部内にそうそういないだろう事を改めて実感させながらも、眉村の口元はこの場にそぐわない緩やかな微笑みを浮かべていた。

「少しは、手加減してやろうか?」
「馬っ、鹿にすん・・・な!」

眉村の笑みを自分に対するからかいととったのか、肩越しに向けられた吾郎の視線は怒りを滲ませている。だが、その視線の鋭さは、眉村の内に新たな熱を起こさせた。

「茂野・・・」

それなら遠慮はいらないな。と耳元でうそぶいてみたものの、台詞ほどに余裕のある行動なんてとれやしない。
心臓の音が耳の奥で痛いくらいに響く。腰の奥で急激に膨れあがった固まりは、眉村の理性をぎりぎりの所まで追い込んで揺さぶってくる。


「あぁっ!あっ・・・」


より激しさを増した動きに、いよいよ押さえきれなくなってきた吾郎の嬌声を聞きながら。胸の奥、喉元まで溢れる激情に眉村は目眩がしそうだった。




□□□





この男は、どこまで自分を揺さぶり振り回せば気が済むのだろう。
「俺の事覚えておけ!」なんて言われる前から、眼を離す事なんて少しも出来なかった。今だって自分を追いかけているつもりなのかもしれないが、こっちだって必死なんだ。
俺がお前の前を走れなくなったら、お前のその瞳はあっさりと他の誰かを向くんだろう。
そうだ、お前はそういうヤツだよ。判っている。
そして、そんなお前に惚れた俺が一番愚かだって事もな。




□□□




途切れ途切れに吐き出す息が、段々と揺れる身体のリズムから遅れてくる。もう、そろそろ限界が近いのは吾郎だけではない。額に滲む汗を自分の中の迷いのように振り切りながら、眉村は腹の底で渦巻いていた感情をぶちまけた。

「その眼でみるのは俺だけにしろ・・・」
「ほんと・・・訳判んねぇんだよっ・・・、お前はっ!」

まだ、力を、光を失っていない吾郎の瞳が振り返った肩越しに眉村を見つめる。その光を正面から受け止めて尚、眉村は言葉を続けた。

「忘れるな・ ・・、俺以外をそんな風に見るな・・・」
「あ・・・ああっ!」

より深く突き上げると魚のように跳ね上がる身体。
どんなに藻掻いても、がっちりと腰に回された腕は逃がさない。引き寄せて、囲い込み、誰も触れた事が無いような深奥まで繋がって溶けてしまえたら良いのに。
いったいどう伝えたら、自分の思いの深さが、熱量が彼に伝わるのかが判らない。
判らないままに腕の中の身体に縋り、繋がっている時間だけが、何かを分かち合えるような錯覚を感じさせてくれる。

そう、それは、まるで見たこともない甘美な夢のようで―――


「頼むから・・・」


こんな時でもなければ、言うことが出来ない言葉を小さく呟いて。目の前に晒された項に舌を這わすと、眉村を包む内壁が小刻みに震えて今まで以上に強く絡みついてきた。

「ひっく・・・、あぁっ・・・」
「茂野・・・」

繋がった身体を強く揺さぶるせいで、ロッカーの扉が相当に派手な音をたてて軋む。その音さえも、今は『繋がり』を実感させてくれる要素でしかない。
吾郎の身体が汗で滑って崩れ落ちそうになるのを、眉村は後ろから抱え込むようにして支えると、自分の胸の中に閉じ込めるように引きつけた。
引かれるまま自重によって、より深く同化するように繋がる身体。

「ま・・・むら・・・」

腕の中の存在に、掠れた声で名前を呼ばれると眉村の世界はくらりと回る。衝動に突き動かされるまま吾郎の顎に手をかけて、無理矢理口づけると、閉じられる寸前の瞳に眉村の顔が映った。


「そうやって、俺だけを映していてくれ」


眉村の吐き出した想いを受け止めて、吾郎の身体は今度こそゆっくりと床に崩れ落ちた。














「ったく、・・・お前のせいでまたシャワー浴びるはめになったじゃんか」

不機嫌という文字を書いたかのような顔で吾郎が呟いた。使用済みのせいで湿ったタオルは、なかなか水気を吸い取らない。無気になってガシガシと頭を擦っていると、ふいに、ばさりと視界が覆われる。

「こっちを使え・・・」

眉村の手で無造作にかけられたスポーツタオルは、青地に白いラインの入ったシンプルな物だ。気持ちよい位にしっかり乾いていて、これなら水気もきちんととってくれるだろう。

「あ・・・、でもこれ眉村のだろ。俺が使ったらお前の分が無いだろ」
「予備の分位ロッカーに入れておけ」
「・・・へいへい。使わせてもらいますよ・・・」
「・・・・・・」

吾郎が床に落としたままだった雑誌を眉村が拾いあげた。めくれたページを整えて、埃をはたくと、しげしげと表紙を眺めている。

「あ・・・、それ!!」

叫び声に、眉村の注意が逸れた。その隙に吾郎は、噛み付かんばかりの勢いで眉村の手元から雑誌をひったくった。

「お前、こんなのに興味があったのか?」
「俺が読んでいちゃ悪いかよ!」
「いや、別に」
「じゃあ、そんな眼で見るな!」

茂野のヤツ、行為の時以上に赤い顔をしてるんじゃないだろうか。そんな本を読むよりも、もっと恥ずかしい事を言ったり、したりしているくせに。
そんな言葉をぎりぎりの所で自分の中でだけに留めながら(そうしなければ、話が進まない事は重々承知している)眉村は、一番始めにした疑問を改めて口にした。

「お前は、何が知りたかったんだ?」
「は?」
「そんな本に頼る位知りたい事があったんだろ」
「・・・・・・」
「答えろ、茂野」
「・・・・・・」

これだけ聞いても、まだ答える事に迷っているのだろうか。
吾郎は雑誌を後ろ手に持ったまま、じりじりと眉村との距離を取り始める。
その動きを視線だけで牽制しながら、眉村は最終通告とも言える言葉を口にした。

「答えなきゃ・・・」
「わーっ!判った、判った。答えるから!答えるから、その手をどけろって!」

いっそ愉快なくらい血の気の引いた顔で、吾郎が伸びてきた眉村の手をはたき落とす。眉村の言わんとしている事が、何なのかは良く判らないが、はっきり言って『聞きたくない。』『知りたくない。』事であるのは確かだと思う。
この機を逃せば最悪の場合、寮の夕飯の時間にだって間に合わないかもしれない。吾郎にすれば空きっ腹を抱えての朝練なんて、どんな礼をすると言われてもごめん被りたい年頃なのだ。


「なんかさ、夢に出てきたんだよ」


視線を明後日の方向に向けながら言葉を投げる。



「出てきた?」
「そうだよ、出てきたんだよ・・・。で、なんだか妙に気になって・・・」

かなり歯切れの悪い口調だが、そういう訳で部室にそれ関連の本があったのを思い出した吾郎は、部員があらかた帰ったのを見計らって件の雑誌を読んでいたらしい。

「それで・ ・・、判ったのか?」
「いや、とりあえず眼を通してみたけれど、当てはまりそうなのは無かった」

もともと占いなんていう物は、肝心な箇所に限ってぼやかされた答えしか示さないものだ。ましてや『夢』などという極めて曖昧で不安定な物を、画一化された言葉で表そうという事自体に無理がある。(と眉村は思っている。)
だがそんな事はこの際、眉村にとってたいした問題ではなかった。あえて吾郎の話に合わせていたのは、どうしても聞かずに済ませられない大問題があったからだ。

「そうか・・・、で、誰だ?」
「え?」

吾郎にしてみれば、一件落着して(一応)和やかな雰囲気になっていたはずなのに。気づけば、先刻以上に据わって(見えた)眉村の目付きに背筋を冷たい物が伝う。


「誰なんだ?」


だが、眉村の疑問の内容を理解した瞬間。蒼白になりかけた吾郎の顔面に一気に朱が昇った。


「誰って・・・、誰・・・お前・・・判れよな、ここまで言ってるんだから!」


「・・・・・・あ」


言外に『鈍感』と告げられた事にやっと気がついた眉村は、思わず弛みそうになる口元を手で隠した。
真っ直ぐに向けられる視線に耐えきれなくて横を向いたが、首筋から上がってきた熱で、もう耳の先まで熱い。

『俺か・・・、俺なのか?』

お前の夢に出てきたのが俺か?なんて。
そんな事は、繰り返し聞かなくても明白だろう。
ちらりと吾郎に視線を戻すと、向こうの頬も見事なまでに赤く染まっていた。

『こんな不意打ち・・・無いだろう!』

どうしろっていうんだ!といっそ叫びだしたい気持ちに駆られて、眉村は口元を隠していた手をずらして顔を覆った。
手のひらにまで熱が移ったようで、ただひたすらに熱い。
今の顔を吾郎に見られたかと思うと、本当に居たたまれないのだ。




良い夢なんて見た記憶は無かったし、見たいと思った事も無かった。
それなのに、今のこの状況はなんなのだろう。
こっそりと口の内側を噛んだのは、これが現実かなんて馬鹿な事を確かめるためだ。


『馬鹿か・・・、俺は・・・』


痛みに眉を顰めたのを、まだ赤みの残る吾郎の顔が覗き込む。


「・・・・・・参った」


これこそが、まるで夢のようなのかもしれない。






覚めなくて、本当に良かった――。