げほっ、と咳き込む吾郎の背中を寿也の大きな手が優しく上下する。

「・・・少しは楽になった?」

あんな無茶するからだよ。と続けられて、思わずむっとした表情を向けてしまう。
「なんだよ・・・、気持ちよくなかったのかよ・・・」
「そ、そんな事はない!!絶対にない、ない!!」
「じゃあ、そんな事言うなよ」
「だって、急にあんな事するからさ・・・。心配にもなるじゃないか」
「心配・・・?」
今までしてくれた事、無かったじゃないか。と言った所で一旦区切ると、寿也は自分に向けられる吾郎の視線から、ほんの少しだけ顔を背けて言葉を続けた。

「別に、今日の試合の事で落ち込んでいる訳じゃないよ」

「じゃあ、なんだって言うんだよ!!」

「別に・・・・・・」

(こいつ・・・・・・!!)

「今、『あんなにサービスしてやったのに、なんで本当の事を言わないんだ』とか思わなかった?」

まさか、思ってないよね?と念を押されると、勢いで頷きかけた角度のまま吾郎の姿勢は固まった。

「お、思ってないぜ!!」
そんな事あるわけないじゃあ、ないか〜!!と愛想笑いをしてみたものの、猜疑心たっぷりの寿也の視線が裸の胸に突き刺さる。

「いや、その、ちょっとは・・・って・・・」
結局、隠し通す事などできないのだ。寿也相手には。

「心配すんのが、そんなに悪ぃのかよ?」

「・・・そんな事は、ないよ・・・」

むくれ気味の吾郎の肩に寿也の額が押しつけられて、その表情はよく見えなかった。
くぐもった声が素肌にくすぐったくて、吾郎が笑うと。そのまま頭を擦り付けながら、寿也は言葉を続ける。



「心配してくれて、嬉しいよ・・・」

「ちっ、じゃあ最初っから素直にそう言えよな」

「・・・うん」


(こうなっちまえば、事の発端なんてどうでもいいんだよな。)

珍しく、甘えるように抱え込んでくる寿也の腕の中で、吾郎は静かに瞳を閉じた。



□■□



さっきまで身につけていたスウェットの上下を脱ぎ捨てて、改めて吾郎と抱き合った。
軽く汗ばんだ身体同士で抱き合うと、いつもより隙間無く肌が吸い付く。触れるようなキスを繰り返し、舌で、指で、全身をくま無く辿った。

「と・・・しぃ」
甘えたように、舌足らずで呼ばれる名前に鳥肌がたつ。自分の名前が、何か別の物になったかのような強烈な快感。『名前を呼ぶ』という行為だけで、それを成し得るのは自分にとって『吾郎』しかいない。
これは、何年経っても何があっても、決して変わる事があると思えない。

(やっぱり、相当惚れてるって事だよね・・・)

しなやかな筋肉と、滑らかな肌で覆われる背中。その背骨に沿って、ゆっくりと唇でと舐め下ろすと、綺麗に絞られた腰がゆらりと揺れる。
「もう、欲しくなっちゃった?」

無意識に腰を揺らしていた事を揶揄されて、うつ伏せになっていた吾郎が首をねじ曲げて振り返る。

「何。おやじくさい事言ってるんだよ!!」

その顔も耳も、羞恥で見とれるくらい見事な赤に染まっていた。それを見て、思わず満足げな笑みを零してしまったのだが、当然というか彼の逆鱗に触れたらしい。
「お前って、本当にムッツリだよな!いつもは興味ないような事ばっかり言ってるくせに!!」

ムッツリ、ムッツリと連呼されると、流石に面白い気分にはなれない。
無理な体勢のまま、更に暴言を続ける背中に、思いっきり体重をかけた。重みでつぶれて藻掻く吾郎に顔を寄せて、まだ赤い耳をかりりと噛んでやる。
「いっ・・・つ、重いから、どけって!」
「いい加減、言葉遣い覚えたほうがいいよ」
なるべく平坦に言葉を紡げば、その口調からどうやら今後の展開が伝わったらしい。
びくりと、身体の下で吾郎の背中が引きつるのが伝わってくる。


「え・・・と、寿也くん〜」

「言い訳は聞かないよ」

思い切り押さえつけて動きを封じ込めると、吾郎の首筋に顔を埋めて、思い切り痕がつくように口づけた。




■□□





弓なりに背中が反って、嬌声が一際響いた。次の瞬間、今までにない位の強さで、吾郎の内側が締まり寿也を道連れにしようとする。

「っく、ん。」

その動きを強く奥歯を噛み締めることで押さえて、寿也はより奥を目指して突き上げた。

「ぁ・・・あ・・・、ひ・・・ぁ」

限界を超えた感覚に、吾郎はただ翻弄される。飛びかけた意識の片隅で、寿也が呼びかけるのが聞こえた気がした。



『好きだよ。』



ゆっくりと沈んでいく吾郎の耳元で囁きながら、寿也は自分を解放した。





□■■




<-そんな、こんなで、その後の事情->


紅白戦の翌日は、練習はオフになる。
昨日の試合で汚れたユニフォームを洗濯した薬師寺と米倉は、屋上の物干し場で先客を見つけた。

「お前も洗濯か、佐藤」
綺麗に皺が伸ばされたユニフォームが2着、快晴の下、風に踊っている。

「うん、僕はもう終わりだけど、薬師寺達も洗濯干しにきたんだ」
結構、マメだよね。と言われたところで、お前ほどじゃない。と憮然とした顔で返すしかないだろう。
今日の寿也は、昨日の事が嘘のように機嫌良く見える。にこやかな表情に、どこか訝しいものを感じながらも、薬師寺は別の事にも気がついた。

「――そういえば、そのユニフォーム、茂野の分だろう?」

並んで干された2着は背番号が違っている。

「ああ、吾郎君はまだ部屋で寝ているからね〜」


―――何故?とは聞けなかった。
―――何故?とは聞いていけない気がした。


それは彼の奇妙な機嫌の良さと、確実に関係している気がしたからだ。
「どうしたの、米倉?」

いっそ、昨日のように不機嫌な方が良いのかもしれない。湿った洗濯物を持ったまま、米倉が後ずさる。

「いや、じゃあ、茂野に宜しくな!!」
ろくに皺も伸ばさないでユニフォームを干すと。お大事に!と叫んで、二人は転がるように屋上を飛び出した。



後に残されたのは、きょとんとした顔の寿也だけだ。
「なんだか、訳の分からない事を言われた気もするけど・・・」
しかも随分と失礼な事も。いつもなら報復を考えてもおかしくはなかったが、やはり今日の寿也は心が広かった。

「ま、いっか」

部屋に戻ったら冷たい飲み物を用意してあげよう。もちろん、きちんとグラスに入れて。

ふくれっ面で寝ているお姫様のために。


□□□ end