小気味よい金属音とともに、白球が蒼天に消えた。
「おいおい、相変わらずかっ飛ばしてくれるぜ〜」
綺麗な放物線を描いて飛んだ球が、センターの頭上を抜けて行くのを眺めてから、吾郎が立ち上がった




□□□xxx kiss.□□□





攻守が入れ替わる。
今日の紅白戦のバッテリーは、吾郎は米倉と。寿也は眉村とバッテリーを組んで対戦する事になっていた。

―――米倉に向かって投げ込む吾郎見つめている寿也の視線は、ほんのりと剣呑な色を含んでいる。

(なんで、今日に限ってこの組み合わせなんだよ!!)
ネクストバッターズサークルで勢い良くバットを振る4番からは、試合の空気すら支配しそうな、黒いオーラがだらだらと漏れっぱなしだ。
振り回されるバットの風切り音も、いつになく鋭い・・・・・・。

先に打席に入った薬師寺が、少々気の毒そうな顔でマスクをかぶる米倉に目をやった。
「それで、お姫様(茂野)の調子はどうだ?」
「そりゃあ、いつも通りさ。ご機嫌良く投げてるぜ」
マウンドに目をやれば、確かに今日の吾郎は調子が良さそうだった。弾けそうな活気が黒い瞳に満ちて、いかにも負けん気の強そうな笑みで、口元がほころんでいる。
「そうなると、問題はあっちだけ、って事か」
ちらりと振り返れば、表面上は穏やかな顔を崩さない寿也が、じっとこちらを見つめていた。
「ったく、俺のせいじゃない・・・、ぜっ。と」
高めに外れたボールを、ぎりぎりでミットが押さえる。「集中しなさいー!!」早乙女監督の黄色い声が響いて、薬師寺と米倉は2人揃って軽く肩をすくめた。
「・・・そんな事言うんなら、佐藤と茂野を組ませろよな」
あいつの打席、バットくらい飛んできそうだぜ。とぼやく米倉に薬師寺もげんなりした様子で応じる。
これは海堂野球部の暗黙の了解事なのだ


―――茂野は佐藤以外と組ませてはいけない、と。


とんでもなく強気のお姫様には、とんでもなく腹黒い騎士(ナイト)がついているのだから。




■□■


寿也の様子がおかしいのは、部屋に戻ってからすぐに気がついていた。


シャワーで濡れたままの髪もそのままに、吾郎は冷蔵庫から牛乳パックを取り出した。
新しく封を切ったパックに直接口をつけて、勢いよく中身を流し込む。

いつもであれば、髪が濡れたままだと風邪をひくよ!と強引に拭いてきたり。行儀悪いからコップで飲みなよ!!などと、わざわざグラスを用意してくれる恋女房は、ベットに横になったきり、蓑虫のように毛布にくるまっていた。
いつも世話好きの(行きすぎた所もあるが)寿也が、今日に限って何も言わないなんて・・・。

(なんだってんだよな・・・、トシのやつ。)

軽く唇を拭って牛乳の残りをしまうと、吾郎は蓑虫(寿也)に声をかけた。

「とーし。とーしーやー君?」

「・・・・・・。」

頭からかぶっている毛布がもぞもぞ動いたが、それでも呼ばれた当人が顔を出す様子はなかった。

「おい、トシ。腹でも痛いのかよ。」

尚も返事の無い事に業を煮やして、吾郎が無理矢理に毛布をはぎ取ろうとすると『・・・別に・・・』とだけ、ぎりぎり聞き取れる大きさの返事が戻ってくる。
揺すっても、引っ張っても。開く気配が皆無な岩戸に溜め息をついて。吾郎は、ベッドに丸まる蓑虫の隣に腰掛けた。

「なぁ、どうしたんだよ。寿也・・・」

もそり、と毛布がこちらに寄って来る。
しょうがねぇな。と、頭と思しき辺りを、軽く“ポンポン”はたいてやれば、のろのろとした動作で寿也の頭が出てきた。

「・・・・・・今日の紅白戦」
「ん?何だよ、藪から棒に。」
「・・・・・・調子、・・・・・・良かったみたいだね」
おうよ!と返事をしかけた吾郎は、寿也の少し赤みを帯びた鼻の先を見て、事の原因に思い当たった気がして、思わず息を呑んだ。

(おいおい・・・。今日の紅白戦で、こっちが勝ったのがそんなに気に入らなかったのかよ!!)

尖った唇も、決して合わされない視線も、全てが自分の予想を裏付けるように見える。

「いや、・・・別にいつもとかわらなかったぜ」
緩みそうになる頬を懸命に押さえながら、吾郎は答えた。

(こいつが!寿也が!!そんなに悔しかったなんてな〜。)

心中はさしずめ‘一本とったり’という所だったが。そんな事を素直に出そうものなら、どういう結果になるかは、今までの経験から少なからず予想が出来る。

「ふーん。そうなんだ・・・」
「まぁ、強いていえば俺様の実力っていうところだろうな〜」
吾郎の精一杯の演技が功を奏したか、寿也は心の声に気づかない様子で。ただ、つまらなそうな返事を返すだけだった。

「まぁ、こんな日もあるさ!元気出せ、元気出せ!!」
そんな慰め(?)の言葉をかけながら、若干オーバー気味の力で寿也の背中をはたくと、はたいた手を掴まれて抱き寄せられる。
「そんなに元気が余ってるなら、僕にも付き合ってもらおうかな?」
ねぇ、いいだろ?試合は勝たせてあげたんだからさ、とからかえば。明らかに、むっとした様子の吾郎が掴み掛かってきた。

「お前、手ぇ抜いたっていうのかよ!!」

純粋な怒りに染まった瞳が、寿也を見据えている。


「そんな事あると思ったの?」
襟元を掴むその手に自分の手を重ねて、顔を寄せ、寿也は囁いた。

「君相手に手を抜くわけ無いだろう。いつだって本気だよ」

だから、これも本気だから。囁きと共に重ねられた唇に、吾郎の手の力がゆっくりと抜けていった。




(なんで、こう、いつも受け入れちまうんだろうな・・・)

胸の上を這い回る感触に吐息を漏らしながら、吾郎は手を伸ばした。柔らかい感触の髪に指を絡めると、少し力をいれて引っ張ってみる。

「・・・痛いよ」
「別にこれくらい平気だろって!・・・っつ、くっ、う・・・あ!」
髪を引っ張られたお返しというように、寿也が目の前にある小さく主張している粒を口に含んだ。舌の先で転がして、唇で挟んで強めに弾く。歯を立てるより弱く微妙な強さの刺激に、不満を感じるかのように吾郎の胸が突き出された。
無意識の行動なのだろうが、差し出されるかのように突き出された先端は、唾液に濡れて淡く光って見える。

「もっと、舐めて欲しいんだ?」
それとも噛んだ方が良い?艶っぽいよね。と、口元に浮かべられた、端正な笑みにそぐわない言葉が、より吾郎の鼓動を早める道具になった。

「くっそ、どっちが・・・」
「何?」
どっちが、艶っぽいっていうんだよ!噛み付くように返してから、上にのし掛かっている寿也を押しのけて立ち上がる。


「ちょっと吾郎くん!何を!!」
焦ったような声が聞こえてくるのが心地よい。スウェットのゴムと下着を同時に引き下ろすと、緩く立ち上がり始めている寿也を掴みだした。慌てて下着を引き上げようとする手を押しとどめて、手の中の寿也自身をじっと見つめる。

「でけぇ・・・・・・」

うっ。と詰まったような音がして、見上げれば。耳元まで茹で蛸のように染め上がった寿也が、こっちを睨み付けている。

「お前がいつもやってる事だぞ」

「そ、そんな事言われても・・・。心の準備ってものが・・・」
それでも尚、歯切れの悪い口調で言葉を続けようとする寿也を無視して、深呼吸をすると―――



吾郎は、手の中で主張し始めた熱を一気に咥え込んだ。



□□■



こういう時に同性同士は解りやすくて本当に良い。ぐん、と口腔内で反り返った寿也に舌を絡めながら、吾郎は思った。
こういった行為をする上で、自分の技術が寿也よりも拙い事は承知していた。それでも彼の熱が高まるのは自分のおかげだと示されるのは、無条件で嬉しい。

「ご・・・ろ、くんっ、も、やめ・・・」
喉まで圧迫されるような息苦しさに負けまいと、がむしゃらに舌を絡めていると。くっきりと骨格の浮き出た手で頭を押さえつけられた。
必然的に増した息苦しさに、吾郎は藻掻いてしまう。ただ、そうやって藻掻いていると、結果的に寿也自身に歯を立ててしまう事になった。

「吾郎くん、ふっ、駄目だって・・・ば!」

「んっ、・・・んっ、んっ!!」
拙いなりに必死で寿也を咥える姿だけでも、充分過ぎるくらい刺激的なのに、更に強い刺激を受けて寿也がうめき声をあげる。
最初は引き離すために添えた手も、今や逆に吾郎を押さえつけているだけだった。

(いっちまえ・・・よ。)

より深く咥えこもうとする吾郎の口元から、唾液と寿也から零れ始めたぬめりが、顎を伝って滴り落ちる。顎から胸を光る筋が繋ぐ。

「ほ・・・んとに、ご、吾郎くんっ・・・」
「くっ、ん、んっ、と・・・し。」
少し顔を引いて、上目遣いで寿也の名前の端を呼んだ瞬間。頭を押さえつける手に力がこもった。
拒否する間もなく、圧倒的な力で顔を押しつけられる。思わずたてそうになる歯をぎりぎりの所で我慢して、顔を横に振ったが戒めは外れない。
むしろ喉の奥まで犯すような勢いで、屹立した欲望が押し込まれた。

「ぐぅっ、んっ、んっ、ぅ・・・ん」
上手く呼吸をする事もできなくて、くらくらと目眩がする。ただされるがままに、吾郎は口腔を支配されていた。

「ふっ・・・っ、く!」
「ごろ・・・くっ」
最後に大きく二、三度腰を動かすと、吾郎の中で勢い良く寿也が弾けた。激しい流れを強引に飲み込ませられて、喉の奥が痛む。独特の味で口の中が粘ついていた。


「はぁ、のど・・・いて・・・」

飲みきれなかった分が、とろりと唇の端から漏れてシーツの上に丸い染みを作っていた。



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