□□□それは反則□□□
冷たい空気に耳の先がじんじんとした痛みを覚える。前を歩いている寿也も同じなのだろう。
ざっくりと編まれた紺色のマフラーから覗く、白い耳の端が目に見えて朱くなっている。
「とーし、寿くん」
「・・・・・・」
ざっざっざっ。足下の砂利が規則的な音を立てる以外、なんの声も聞こえない。吐いた息が、ぽうと雲のようにちぎれて消えるだけ。
「・・・・・・なぁ、まだ怒ってるのかよ?」
「・・・・・・」
ポケットに両手を押し込み、振り返らないで3歩先を行く恋女房。でも、自分だって伊達に長年付き合っている訳ではないのだ。
「おりゃ!」
「うわ!!」
ダッシュで距離をつめて、寿也のコートのポケットに手を突っ込んでやる。
『定員オーバー?』そんな事は気にしていても始まらない。狭い空間の中で無理矢理手を握ると、冷たくなっていた指先に、じわりと熱が伝わってきた。
「あー、寿の手。あったけー!」
「吾郎くんの手が冷たすぎるだけなんだよ・・・」
投手なんだからさ、自分の手の事にもっと気をつかいなよ。目線も合わさず、ぶっきらぼうな口調だったけど、繋いだ手がふりほどかれる事はなかった。
□□□
「へへ。機嫌治った?」
「笑い事じゃないよ。ポケット破れたら、責任とってもらうからね」
(第一に、こんなやり方は反則だよ。)
それでも毎回流されてしまう自分の甘さに、寿也は今日も溜め息をつく。今日も明日も、きっと自分はこの『反則技』にかなわないのだから。