彼から分け与えられる熱は、いつもこんなにも熱い。





□□□KISS OF HEAVEN□□□





優しげな外見をしていても、頬を包む手は大きく、しっかりとした骨組みをもっている。ざらりとした手のひらの感触が心地よかった。

(手ぇ、でかいな。やっぱ、キャッチャーなんだよな。)

閉じかけた瞳の隙間で、見損ねた映画のエンドロールがゆっくりと流れていた。

「・・・何、考えてるの?」

顎を掴む指にぐっと力が込められて、掠めるようだったキスも噛み付くようなキスに代わる。
余分な事は考えないでよ。と言外に込められた思いは、察するに容易い。

相変わらずの独占欲に、滲みそうな笑いを噛み殺すのも一苦労だ。
「なんでもない。って言っても信じるのかよ?」
悪ふざけするように、目の前の柔らかい髪を、思いっきり掻き混ぜてやると。首筋に移り始めていた唇が、ふいっと離れた。
少なからず剣呑な色に染まり始めた視線に、少しでなく自分の失言を感じたが。そんなものは、いわゆる『後の祭り』である。

「そういうへらず口って、ふさいでやりたくなる」

案の定、一層激しさを増した唇に口腔内を犯される感触は、吾郎の背筋を泡立たせた。

「ふっん・・・ん。くぅん。・・・。と・・・し、ん。」

角度を変えて押し込まれる寿也の舌に、無意識に自分の舌も絡める。僅かに空いた隙間から、鼻にかかったような声が漏れて。その甘さが更に2人の体温を急速に押し上げた。

「気持ちいい?」

「ばっ・・・か野郎!そんな、恥ずかしい事良く言えるな!!」
あからさま過ぎる唇を押し返せば、『吾郎君は、キスされるの好きだもんね』と、あっさり返されてしまう。
羞恥で耳まで赤く染まった顔を、寿也が嬉しそうに眺める。そんな寿也の表情も、腹が立つと同時に嬉しい気もするので。吾郎にしてみればそんな自分の感情が、一番始末に負えなかった。
好きだよ。と唇の形で、無音の感情が伝わる。観念して再び瞳を閉じると、目蓋に柔らかいキスが落とされた。

「吾郎君、吾郎くん・・・。ごろ・・・う」

囁くように、顔中に唇が触れる。

「ト・・・シ、そんなに、呼ぶなよ」

頭がおかしくなりそうになる。呟く声が、寿也の口の端に笑みを浮かばせる。
繰り返し呼ばれる名前が、あまりに愛おしく響くので、すでに『名前を呼ばれる』事すら、吾郎の身体は快感に変えようとしていた。
洗いざらしのネルシャツの釦を、寿也の指が一つ一つ外し。下に着ていたシャツをたくし上げると、外気に触れた胸の先が淡い鴇色に色づいて立ち上がった。

「寒い・・・?」

と問われても、生来の意地っ張りらしく吾郎が頷いた試しはない。

「かまわないから、そのまま来いよ」

ぶっきらぼうに言ってみせても、熱に支配され始めた身体は隠せなかった。


頬に触れるのと、硬球を捕らえるのと、同じ指先が全身を這い回る。


□□□


びくりと震え、細く息を吐き出した所を寿也は狙う。かりりと鴇色の粒を噛んでやれば、たまらないといった風情の息が吾郎の唇から漏れる。

「やだ・・・、そこばっかり・・・」

彼の弱い所は、疾うに把握済みだ。かぶりを振って身を捩られた所で、止めてやる気なんて寿也には、これっぽっちもない。
それでも、嫌だ、止めろ。と文句を続ける吾郎の、引き締まった臀部を両手でぎゅっと握り込んでやる。
喉の奥で「ひっ。」と悲鳴が上がって、身体が震えるのは、これからくる快楽を知っているからだ。あられもなく足を広げさせて、寿也が身体を割り込ませると、吾郎の震えは一層大きくなった。

「大丈夫、ちゃんと慣らしてあげるから」

いつもやってるじゃないか。と同意を求めれば、快楽とは異なる熱に赤みを帯びる身体がひどく愛しい。
怖いかと聞けば、決して認めないのは判っているが、それでも傷つける事はしたくなかった。臍の窪みから、ゆっくりと舌を這わすと、浮き出た腰骨がひくりと揺れる。
そんな些細な事すら、寿也の忍耐を危うくして仕方ないのに、気づいていないのは本人だけだろう。
本当に困った恋人だと、軽く溜め息をつきながら唇は更に下ってゆく。殆ど休む間もない刺激を与えられていた身体は、快楽の証をはっきりと示していた。


すでに立ち上がりきっていた吾郎自身に、右手の指を絡める。軽く握っただけで、湿り気を帯びたそれは弾けそうになる。

「と・・・しぃ・・・、早く・・・」

舌っ足らずの口調は余裕のなさを教えていたが、今日はそれに付き合ってやる気は無かった。大切にしたい気持ちも、自分を刻み込ませ、覚え込ませたい感情も、どれも嘘はない。矛盾する感情が同居している事が、このレンアイの特徴なのだ。


「ちょっとは待てないの?」


随分とはしたないね。と握った自身に唇を寄せて囁くと、白い身体はますます捩れ、悲鳴をあげた。。


「やぁだっ・・・、嫌だ、やめろっ・・・!!」

逃げ出す力も、本気で逃げ出す気さえ無いくせに、拒否する言葉しか紡がない彼が憎らしい。感情にまかせて、右手に力を込めると、それでも弱々し抵抗は緩まなかった。

「やあっ・・・や、・・・やめて・・・くれ・・・よ」

やめてなんかやらない。伝えれば、焦点を失った瞳が、揺れて、揺れて誰かを捜している。

「・・・っ!吾郎くん!!」

湧き起こる不安に突き動かされて、感情のままに手の中の彼を口に含む。これが彼の味なのだというのならば、他の誰にも渡す気はない。
舌を這わせ、粘りつき始めた先端を吸い上げれば。

「やあぁっ、と・・・しィ」

ゆっくりと口元を拭うと、頭の上から、荒い息づかいとすすり泣くような声が聞こえる。
見上げると。吾郎の目の端に、本当に水滴が盛り上がっている。見つめるうちに、ゆっくりと頬を滑り落ち始めた水分は、たまらなく甘そうに思えた。
手の力を、ほんの少しだけ緩めて、寿也は吾郎の身体に乗り上げる。
伏せられた目蓋から滴る水に、そっと唇を寄せた。

「と・・・しや・・・」

ほっと、軽く息をついて目蓋を開けた吾郎と、至近距離で視線を交わすと。細かく震える睫に罪悪感が誘われて、小声で「ごめん。」と謝罪する。
拗ねたような表情で、それでも頷いた吾郎は首に腕を絡めてきてくれた。

「・・・あんま、つっ走んなよ」

殆ど無くなった隙間を更に埋めるかのように、2人は唇を重ねる。重ねて交わる唇に合わせて、寿也は止まっていた下の手も動かし始めた。
緩急をつけて扱いてやれば、合わせられた唇の中で、くぐもった嬌声があがる。

「あぁっ。あっ・・・。あ・・・・ん」

一度達したばかりの身体には、少々、刺激が強すぎるかもしれないが。悶える彼を見てしまうと、そんなごまかしのような思いやりは吹き飛んでしまう。
さっきよりも激しく捩られる身体を押さえつけて、最後まで追い上げてやれば。飲み込みきれなかった唾液と悲鳴を零しながら、―――愛しい身体は弛緩した。





軽く意識を飛ばした頬を手の甲で叩くと、うっすらと目蓋が開く。

「吾郎君、・・・大丈夫?」

本当に理解できているかは甚だ怪しいが、こくりと頷く彼に安堵の息が漏れた。
まだ力の入らない身体を抱きしめると、熱の籠もった身体は余韻でびくびくと揺れる。己の理性との綱引きに怯えながら、寿也は抱きしめた腕に力を込めた。

「トシ・・・?」

呼びかけてくる声すら、匂うような媚態に満ちている気がして目眩がする。やっとの思いで返事をすると、無神経な恋人は身体をすり寄せてきた。

「ちょ、ちょっと動かないで・・・」

焼き切れそうな理性に総動員をかけて、寿也は彼の身体を引きはがそうと藻掻いている。


「やれよ、最後まで」


とたんに入ってきた言葉に、寿也は自分の耳を疑った。
「う・・・」と呻いたきり、返事も出来ない寿也に吾郎は尚も身体を寄せる。
この関係は、今更遠慮するほどに短いものでもないのだ。身体を重ねた回数だってそれなりのものだし、快楽の得方さえ自分は覚えている。
それでも、たまに他人行儀のような気遣いを見せる寿也が、吾郎にとって嬉しくもありもどかしくもあるのだ。


(『相手が、なけなしの理性をつなぎ止めようとしているのに、全く気がつかない鈍感さは命取りだよね』。事後に散々言われてきた事だが、吾郎が学習した様子は今のところないようだ。)



「ほら、やれって言ってんだろ・・・、うわああっ!」
尚も迫る吾郎の背中が、ベッドに沈んだ。スプリングの軋む音が、やけに部屋に響いて聞こえる。
語尾がわめき声になったのは、あまりの勢いでヘッドボードに頭を思い切りぶつけそうになったからだ。

「いきなりなんだよ!・・・って、寿・・・也」

がうがう吠え続ける吾郎の唇を乱暴に塞ぐと、押し返そうとする腕を頭上で押さえつけ。寿也は、この場に不釣り合いなくらい爽やかな笑顔で宣言した。



「こんなにしてくれた責任は、きっちりとってもらうから」



□□□



その後の時間の事は、正直いって吾郎は殆ど覚えていない。
散々泣いて縋っても、追い上げる手をゆるめてもらえなかった事とか。啼きすぎて枯れた喉に、何が注ぎ込まれたか、とか。その他、諸々と・・・・・・。


(とどのつまりが、覚えていないというよりも、“思い出したくない”という方が正しいんだよな・・・・・・。)


感覚という物が、すっかり抜け落ちてしまったような身体も鬱陶しい。
無理矢理に寝返りを打とうとしても、回された腕の束縛がきつくて動けそうになかった。仕方なく首だけ拗って覗き込めば、思いの外穏やかな寝顔が見える。

(トシって、睫毛長いよな・・・)

淡い橙色の灯りの下で揺れるそれを、ぼんやりと眺めていると、緩やかな眠気が湧き上がった。


深く考えるのはやめよう。とりあえず、明日のためにはまず寝ることだ。


(明日はマックで、一番高いセットを奢らせてやる!しかもLLセットでな!!)
そんな我が儘くらい嬉々として聞くだろうと、簡単に想像はついたけれど。もう、そんな事はもう、たいして悔しくはなかった。


(甘いって言われても、いいんだよ。トシが喜んでいれば、結局、俺も―――)




幸せなんだからな。



END OR TO BE CONTINUED?