□□□epilog



自分の手を引く後ろ姿には、ふさふさと機嫌良く揺れる尻尾がついている。
そして、どうやらこの大型犬は、学習能力が相当に高いらしい。

(逃げるつもりが捕まって。振り回すつもりが、踊らされて。)

早々と自分の弱点を見切られた気がして、吾郎が微かに呻くと、怖いくらいに爽やかな笑顔が振り返った。


「子供の本気を、甘くみない方が良いですよ」

「・・・・・・判ってる」

付け加えられた言葉から想像される今後の展開は、相当にヘビーなものではあったが。それでも幸せなため息をつきながら、窓から外を見下ろした吾郎は、白い物が空中に踊っているのに気がついた。夕暮れの風に綻び始めた白い花びらが揺れている。


「桜が・・・」


繋がれた手の暖かさに頬を緩めながら吾郎は呟く。気がつけば、春はもう自分たちの傍らまで来ていたのだ。肌に触れる大気にまでもが、いつの間にか柔らかく変化した気さえする。



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「先生、何か?」

ふいに引き留められた身体に、寿也も振り返る。その声に、まだ若干の不安が滲んでいるのに気がついて、吾郎は握りしめた手に力を込めた。この手の温度で、寿也に自分の気持ちが伝わるようにと想いを込めて。

「あれが咲いたら、花見でも行こうな」
「・・・・・・はい」

意外な位に素直な返事は、そのまま寿也の気持ちだったのだろう。握り返された力の強さがひどく愛しい。
藍が滲み始めた空の下、微かな温かさを纏いだした春の風を頬に受ける。満開の桜を思い浮かべながら、吾郎は再び繋げた手を強く握りしめた。


End or to be continued