2.束縛せずにいられない



2.束縛せずにいられない(アベミハ+花井)


「なぁ・・・あいつ、どうしてあんなにふらふらしてんだよ?」

ぴょこぴょこと揺れる茶色い頭を眺めながら、阿部が呟いた。正直、そんな事を俺に聞いてどうするんだ!と花井も言いたいけれど、言ったところでこのオレ様がまともに聞いてくれるとは思えなかった。

「今日は露店がいっぱい出てるからだろ。三橋のやつ、すげぇ楽しみにしてたじゃんか」

そうなのである。今日は西浦野球部の面子で地元の夏祭りに来ている。祭りと言えば、当然屋台だ。綿飴、タコ焼き、だんごに、ラムネ。お好み焼きから林檎飴まで、何でもござれの大充実。三橋じゃなくたってこの眺めは、心が浮き立つに違いない。

「いっぱい出てるからって、何でも食って良い理由にはなんねぇだろ」

だが、それは目の前の捕手には通用しない理屈らしい。眉間の皺が一層深くなって、なんともいえない不機嫌オーラを醸し出している。

―――た、田島とかいねぇかな・・・。

段々と重苦しくなる空気に耐えかねて、こんな時にも頼りになる我らが四番を、花井は人混みの中必死で目をこらして探していた。

―――田島だったら、きっとこんな空気もかっとばしてくれる・・・と思うんだけど・・・。

「ちっ・・・田島のヤツ!」
「え、た、田島どこにいる?」

ところが花井より先に、阿部が田島を見つけてくれたらしい。
慌てて同じ方向に顔を向ければ、そこには仲良く並んでタコ焼きを頬張る、エースと四番の姿があった。

「三橋のヤツ、タコ焼きあれで二箱めなんだけど・・・」

ぼそりと呟く声に、花井はげんなりと返事をする。

「はぁ・・・数えてたんですか・・・」

「その前に、鯛焼きも綿飴も、チョコバナナも焼き鳥も食ってんだけど・・・」

「はぁ・・・そこまでチェック済みですか・・・」

がっくり方を落とす花井に向かって、阿部はどこか得意げな表情で宣言した。

「そんなん、恋女房なんだから当たり前だろ?」

更に、あいつの健康管理も俺の仕事だからな、と誰が決めたか(たぶん阿部)判らない事までほざいて下さった。

―――当たり前じゃありません。つーか・・・

「そんなに心配するんなら、首に縄でも付けとけば?」

「・・・・・・」

ぽかんとした阿部の顔を見て、花井が密かに溜飲を下げれたのは僅かの間だった。何故ならば数分後に、花井は己の軽率な発言を嫌と言うほど後悔するハメになったからだ。

「そっか・・・、そうすりゃ良かったんだよな・・・」

気づけば、ぶつぶつと意味不明な事を呟きながら、阿部の足は一つの露店に向かっていた。
賑やかな看板で飾られたその店は、祭りならではのチープな玩具を売っている。

「おい・・・阿部、なんでそんな店に・・・」

今までの会話の流れからしても、阿部のキャラクターを考えても、あまりに不似合いなその露店。だが、なんで阿部がその店に向かうのか、花井の疑問はすぐに氷解した。

―――ごめんごめんごめんごめんごめんごめん、三橋!本当っに、ごめん!!

たぶん幾ら謝っても謝り足りない。穴が無いなら、地球の反対側まで掘って潜りたい位の罪悪感が、それこそ“どばーっ”と湧いてきた。

「まぁ、今日はこれでいいか・・・」

恐ろしい位に真剣な眼で、阿部が見つめていたのは小さな玩具の首輪だった(たぶん犬用なんだと思う)。何のために使うかは、とてもじゃないが怖くて聞けない。

「あ、阿部・・・それ・・・」

ゆっくりと後じさる花井に、最終通告の様な台詞が投げられた。




「なぁ、花井。この首輪、赤と青どっちが良いと思う?」