Are you on heat?


 





Are you on heat?
(10打企画「Take it easy!」の続き。パラレル・ファンタジー設定)


ニシウラの街は交易で栄えた地方都市だ。目立った産業こそ無いけれど、その代わりに流通経路の確立や、それに関わる商人への優遇措置を他の地区に先んじて行なっていた為、物資は豊富だし人も多い。
集まる人間が多ければ自然と街の活気もあがる。今日も賑やかな市を抜けて、アベはここ数年の常宿に足を踏み入れた。

「ミハシ、荷物ときおわったら飯食いに行くぞ」
「は、はい!い、行く、すぐ行くっ!!」
ベッドの影にしゃがみ込んでいた『ふわふわ』が勢いよく立ち上がる。『食事』と言われた所為か、その明るい双眸は常以上に輝いていた(ようにアベには見えた)。
「お店でご飯、久しぶりだ、な。楽しみだ、ね!」
床に広げていた小物類をそのまま、ずずっとベッドの下に押し込んで、ミハシはててて、と駆け寄ってくる。うひっ、と彼独特の笑いをこぼし、もし尻尾があったなら千切れんばかりに振られていただろう。
「―――そういや、そんなしばらく店寄ってなかったか・・・」
「2週間ぶりだ、よ!」
首を傾げるアベに、ミハシが口を尖らせて抗議した。食べ物に対してこだわりを持っていないアベにしてみれば、食事など、店で食べようが空の下で食おうが、正直どちらでもかまわない。そして行動に支障が無いように腹が満たされて、味も適当に食えるレベルであれば文句なぞあるはずもなかった。
が、彼の相棒はどうやら違う意見らしい。
そういえば―――旅の先々で名物と覚しき食物を売る店や、市場でぶら下げられている食材を、ミハシは穴が空きそうな勢いで眺めてたな―――と、アベは唐突に思い出す。
それならそうと早く言えばいいのに、溜め息をつきかけてから彼は考え直した。まぁ、言えないところがミハシの性格なのだ。次の旅から自分が気を遣ってやればいい。
「それにしても、そんなに食い意地張ってたなんて知らなかったな・・・・・・」
「く、食い、意地・・・・・・張ってなんか、ない!」
薄っらと鼻先を赤くしながら言い張るのを、アベは面白そうに眺めた後、「じゃあ、2週間ならたいした事ないだろ」「そんな事はない!2週間は、長い、んだ!!」と2人して言い合いながら階段を降り、階下で営業している食堂へ向かった。




席に着くと、まず互いの分の飲み物。それから名物と銘打ってある料理を3品ほど頼んだ。程なく運ばれてきたアベは麦酒、ミハシは蜂蜜酒の杯をかちりと合わせてから一気に喉に流し込む。舌を刺すような苦みがやがて爽快感に変わり、アベは深く息をついた。
「あ、アベくん・・・」
何か問いたげな視線に促されて「どうした?」と尋ねれば
「そ、それ、そんなに美味しい?」
「あ、ああ、麦酒(これ)のことか?」
こくりと頷く小さい頭に、無言のまま杯を突き出してやる。僅かに逡巡した後、ミハシは杯を受け取った。表面が白く滑らかに泡だった液体に口を付け、一口こくりと飲み込んだ。感想は、

「――苦い」

「そりゃそうだろ。お前のに比べれば格段に苦いに決まってる」
口直しするかのように甘い蜂蜜酒を舐めていたミハシは、その言葉に、ほんのり恨めしげな視線を投げて寄越した。
「先、に教えてくれ、れ、ば、呑まなかった・・・・・・」
「教えられるよか、自分で経験した方が納得出来るだろ」
「そうだ、けど・・・」
不満そうな鼻先に、どん、と鍋が置かれた。蓋を取れば、白い湯気と美味そうな匂いが一面に漂う。肉とキノコとこの辺りでとれる野菜がたっぷりと入った煮込み料理は、素朴だが空腹の胃をひどく刺激する。
「まぁ、とりあえずこれ喰ってろ」
「うんっ! う、美味そ、うっ、だ!」
大ぶりの木の椀に中身をよそってやれば、さっきの不機嫌は何処へいったのか、満面の笑みで此方を見るミハシと目があった。
「・・・・・・そんなに」
「ふ、へ?」
どうしたんだ、と無邪気に首を傾げる相棒を、アベは「何でもないから早く喰え」とせっついた。
―――そんなに喜ぶって知ってたら、もっと早く来りゃよかったな。
口に仕掛けた言葉は、危うい所で飲み込まれた。素直に言ってやれば、ミハシは恐縮もするがそれ以上に喜ぶだろう。だが、そうと分かっていても出来ないのがアベの性分なのだ。嬉しそうに頬張る姿を眺めながら、もどかしい思いに駆られているのを気づかれていない事に安堵の息をつく。
「・・・・・・俺の柄じゃないだろ」
全く。ミハシと一緒に旅をするようになってから、己の新しい一面を発見してばかりだ。しかも、それを割と楽しんでいる自分が、一番の驚きかもしれない――人間とはつくづく色々な要素を持ち合わせているようだ。
「まぁ、そうだよね」
「――はぁ?」
「あ、あ!こ、こんひひはっ!」
あまりにもタイミングよく掛けられた声に、アベの思考が中断する。料理を口に頬張ったままのミハシの視線を辿ると、案の定というか――
「何の用だ?・・・・・・サカエグチ」
相変わらず人の良さげな笑みを浮かべて、旧友が立っていた。ミハシの目が輝くのと対照的にアベの眉間に深い皺が寄る。一見すると近付きがたい、そんな表情も、サカエグチからすれば見慣れた物の一つに過ぎないのは、分かっていても嬉しくない。
そして「俺達も今夜はこの宿に泊まるんだ」というにこやかな宣言に、鳶色と黒色はまたもや対照的な反応を見せた。
「よ、よろしくおへがい、しまっ!」
「・・・・・・ったく、なんで同じ宿選ぶんだよ」
如何にも迷惑そうなアベは、それでも「お前は、口の中の喰いモン全部喰ってから喋れ」きちんと注意を怠らない。こくこくと頷いたミハシは蜜酒に手を伸ばして残った分と一緒に飲み下す。
だが、そのやり取りを見て、サカエグチは、如何にも「堪らない」といった風に腹を抱えて笑い出した。
「なんかさ、さっきも思ったんだけど。アベ雰囲気変わったよな」
「どこが?」
「まぁ、どこって色々なとこが」
変わりすぎて、ちょっと気持ち悪いけど。とまで言い切る顔に、悪気なんて物は一欠片も浮かんでいない。
「お前・・・・・・古い知り合いだからって大目に見てたけど、それ以上おかしな事を言いふらすようだったら・・・・・・」
剣呑な光がアベの眸を過ぎる。隣に座っているミハシが制止するように伸ばした手を振り払って、腰に帯びたままの剣に手がかかる。流石のサカエグチも、その様子には僅かに身構えた。
「冗談が通じないところは変わらないな」
「お前のは冗談じゃないだろ――?」

「ま、まぁ、待てって!」
今にも弾けそうな緊迫した空気が一瞬で解けた。不意に割り込んできた人物にアベが目を向ける。目立つ長身と、微かに強張った顔には見覚えがあった。この街に来る途中で見知った顔だ。旧友の仲間なのだから、この場にいるのも当然か。剣の腕はそれなりのものらしいが、如何せん押しの弱そうなの所も丸わかりだ、とアベは分析していた。
そして、こいつもいるならば、と思った時
「あー、なんか美味そうなモン喰ってる!」
「た、タジマくんっ!」
「おう、ミハシ!同じ宿だなんて、すっげぇ偶然だな!」
人の出入りの多いニシウラには、旅人を泊める宿も数多くある。その点から言えばタジマの言う事も間違ってはいないのだが、使い勝手の良い店に同業者が集まるのは、自然な流れなのだろう。
アベとミハシの卓に余裕があるのを良いことに、タジマはちゃっかり椅子に座ると横を通りかかった店員を呼び止めた。
「オレ、麦酒!あと、串焼きと、なんかあっちの卓にでてるのと同じ揚げモン一つ!」
「おい、タジマ!お前勝手に注文するな!」
眉を吊り上げて怒るアベをよそに、すっかり打ち解けてしまっているタジマとミハシは同じ鍋の中身を突きだしている。それに乗じてサカエグチまでもが新たな注文をし始めたのを見て、ハナイも胃の辺りをさすりながらアベから一番遠い席に腰を下ろした。




◇◆




何を好きこのんでこの二人(アベとミハシのことだ)と同じ卓を囲もうだなんて、残念ながら一般人のハナイには想像もつかない。さっきのアベの様子を見ていれば尚更だ。それどころか、楽しそうに揚げ物を囓っているタジマの脇腹を小突くと、全く現状を理解していない仲間からは唐揚げのプレゼントが飛んでくる。
俺が言いたい事は違う。パーティーを組んでから決して短くはないというのに、ハナイとタジマの意志の疎通は相変わらず微妙なレベルだった。
だが、がっくりと項垂れている暇もない。
「ハナイも何か頼めば?これなんか、この宿の名物みたいだよ」
「そ、それ、美味しい、の?」
「うん、前の仕事の依頼主から聞いたんだけどね。すっごく美味しいって」
にこやかなサカエグチの言葉に、ミハシの眸が期待に輝いた。その視線の先には、苦虫どころか毒虫だって噛み殺しかねない顔をしたアベがいる。昔なじみのサカエグチならともかく、真向かいに座るミハシがこの表情に気づかないわけがないと思ったところで―――ハナイは己の間違いを悟らされた。
「あ、アベくん、オレ、オレっ!」
「・・・・・・ああ、好きなもん頼んでいいよ。だけど腹はこわさない程度にしとけ」
「うんっ!」
すみませーん!と元気よく手を振り上げて店員を呼び止めると、ミハシがその名物とやらを注文している。嬉々としたその姿を例えるならば、薄茶色の子犬が尻尾を千切れんばかりに振っている様子がぴったりだっただろう。
そして、さらに、そのミハシを見つめるアベの横顔が――

「なぁ、サカエグチ・・・・・・聞いてもいいか?」
「ハナイ。答えてもいいけど、せめて食事が終わってからにしない?」
「・・・・・・そうだな」
せっかく美味しいと評判の料理が、妙に喉につかえる気がする。いや、微笑ましい光景だ、と自分に言い聞かせながら、ハナイはお代わりをすべく空になった容器をサカエグチに手渡した。
「明日は、別の店で飯喰おうな・・・・・・」
だが、てっきり賛同してくれるものと思っていた僧侶に「なんで?」と首を傾られたのだ。
『なんで・・・・・・って、お、まえ、明日も此奴ら(勿論、アベとミハシだ)と同じ卓を囲むつもりなのかよ!?』
幾分顰めた声ながら、必死な雰囲気は伝わっているはずだ。その証拠に、サカエグチも、ごくごく辺りを憚った声で返事をしてきた。
『なんで、ってさ――』
『なんだ?』
問いかけながらもハナイは、何処か絶望的な気分に駆られ始めていた。自慢じゃないけれど、こういう勘が働く時は、良い結果になった試しがない。




案の定、「俺も、ちょっと興味湧いてきちゃったんだよね。タジマじゃないけれど」と、面白そうに囁く仲間の顔を見ながら――ああ、と深い溜め息しかでない――今回の宿選びを本格的に後悔するハメに陥っていた。