【I love blue spring!!】





文化祭が始まると、俺達のクラスは大盛況も大盛況。どこから湧いたか想像もつかない程の客で、店中が溢れかえりそうだった。
しかもいつの間にか人気ランキングとかいう訳の判らないモノまで張り出されて、そこには花井や水谷、俺の写真まででかでかと載っている。
その写真の所為かもしれないが、一緒に写真を撮りたがる女がやたらいて正直なところかなり疲れた。疲れるというかうざい。水谷あたりは愛想よく出来てるみたいだけど、俺はこっちの方面は昔っから苦手なんだよな。今も、無言でテーブルの上に注文されたケーキを並べていると、裏にいる女子からは「ちょっとは笑いなさいよ!」と突き刺す様な視線が飛んできた。

―――あのなぁ、人には“向き不向き”ってもんがあるんだよ!

俺はこの際、無視を決め込む事にする。


文句があるならかかってこい!







そんな感じで時間はあっという間に経って、気がつけば自分の当番の時間をとっくに過ぎていた。巫山戯んな、っていうかどうして誰も教えてくれないんだよ。苛立ちながら乱暴にタイを外す俺に、水谷がへらりとした笑顔で近づいてくる。

「阿部、お疲れ様ぁ」
「何がお疲れ様だ、お前、どうして交代の時間になったの教えねぇんだよ!」
「だってさぁ、阿部がいた方が売り上げが良いから、頑張ってもらえないか、って女子に頼まれちゃったからさ」
「はぁ?」

なんだ、それ。なんだ、その訳の判らない理由は!そんな事で俺は予定の倍近い長さを拘束されてたっていうのかよ。おかげで売り上げ絶好調らしいよ。良かったね阿部!と続けられて、暢気に笑う水谷の顔を呆然と眺めていたが、いい加減俺の我慢も限界だった。せっかく朝の三橋の笑顔に免じて、(しばらくは)言わない事に決めてやったのに。簡単に決めた制約をあっさり破る事に罪悪感は全く無い。


「それなら・・・お前が俺の分も売れ!このクソレフト!」


ひどいよ阿部ぇ。と情けない声が聞こえて、今日も結局いつものパターン。

自業自得だろ、と怒鳴りつけると、俺は一度も振り返らないで教室を飛び出した。







渡り廊下の窓から差し込む日の光が、だいぶ赤くなっている。人混みも疎らになり始めているのは、この祭りが終了に近い事を教えてくれていた。

「畜生・・・」

なんでこんなに走らなければいけないんだ。普段だったら、たった一つ教室を挟んだだけの距離なのに。今日に限ってこんなに遠い。企画の種類が違う為、いつもと違う教室は思い切りマラソンコースになっていた。それでも文句を口にするの時間も惜しむように、俺は約束の場所を目指して走って行く。




□□□




【なんだかんだで、こうなりました】


やっと辿り着いた扉に手を掛けると、力任せに横に引いた。が、勢いが良すぎた所為で扉は開くと同時にとんでもなく派手な音をたて、中にいたヤツがびくりと跳ね上がったのが見えた。

「はっ・・・みは、し、わりぃ・・・」

息が上がってるのが格好悪い、とか頭の隅を過ぎったけれどとりあえず謝るのが先だろう。

「あ、阿部くん。だ、大丈夫だよ!オレそんな待ってない、から!」
「馬鹿、嘘つくなよ!」

約束の時間はとっくに過ぎている。俺に馬鹿呼ばわりされた三橋は、ちょっと引きつった笑みを浮かべた後、小さな声で「本当にそんな待ってないんだ」と呟いた。

「あのなぁ・・・。怒鳴ったのは悪かったけど、遅れたのは俺なんだからお前も少しは怒ってくれよ」
「え、でも・・・」
「だって、お前急いで来たんだろ。約束の時間に間に合うように」

俺がそう言った根拠は、三橋の服装だ。コイツ、まだ例の仮装をしたままなんだ。着替えるのもそこそこに飛び出してきたんだろう。と容易に想像がついて胸が痛む。
あの衣装で裸足に上履きなのが妙な組み合わせだけど、机の上に腰掛けて所在なさ気に足を揺らしている姿は、そんな事は関係ないくらいに俺にとって大切で堪らなかった。

「でも、いいよ。文化祭回れなくても・・・」
「なんでだよ」
「阿部くん、急いで来てくれたから」

阿部くんだって、衣装着たまんまだ、よ。と言われて、俺は漸く自分も三橋と同じ位に間抜けな格好をしている事に気がついた。いや、三橋は格好良いって言ってくれたけど、自分としては、用が済んだら着替える気満々・・・のつもりだったのに。でも、
「オレも忙しくて、阿部くんがお店にいるとこ見れなかったけど、最後にまた見れて良かった。フヒッ」
とか、そんな風に言われたら、もうこの衣装脱げないじゃん!よく考えなくても今日は文化祭だし、三橋も気に入ってくれてるし、俺にはもう恥ずかしがる理由は何もなかった。

「じゃあ、衣装ついでにサービスしてやるよ」

「サービス?」

ポケットに手を突っ込むと、さっき押し込んだタイがしわくちゃになって丸まっている。「限定お一人様の特別サービスだかんな」
頭の上にまだ疑問符を飛ばしている三橋の目の前で、俺は芝居がかった手つきでタイを結んだ。少しくらいの縒れているのはこの際大目に見てもらおう。出せるメニューも、行きがけに掴んできたペットボトルのお茶しかないけど、貧弱な内容は溢れるサービスでカバー可能な範囲のはずだ。

「では、お客様お座りになって頂けますか?」
「あ、阿部くんっ?」

言 葉の意味を全く理解出来ないのか、三橋はまん丸な目で俺を見る。途端に、俺の耳の端がじわっと熱を帯びてきた。自分でも柄にない事をしているのは判ってるから、頑張ってやってんのに、どうしてコイツにはそれが伝わらないんだよ!

「ほら、さっさと座れ!お前の為に執事喫茶してやっから」

せっかくさっきまで恥ずかしくないと思えてたのに、もう無理だ。半ば乱暴な手つきで椅子を引き(執事だからな!)顎をしゃくって指示を出す。

「え・・・!あ、あう・・・す、座り、ます」

あたふたと腰を下ろすのに合わせて、椅子を元の位置に戻してやった。華麗な動きと完璧なタイミングは、この文化祭期間に培われた俺のスキルの高さを物語っている。
だが、それにしても席に着いた三橋の動きが落ち着かない。いや、落ち着かないのは見慣れてるんだけど、なんていうか、落ち着かない上に口元が変な形に歪んでいる。おまけに熱でもあるんじゃないかと思う位に真っ赤な顔。

「あのさぁ、頼むからそんな赤い顔すんなよ。俺の方がよっぽど恥ずかしいんだけど」
「う、うん。あ、でもオレ、嬉しい、よ!」

あ?照れてるのかと思いきや、嬉しいときたもんだ。

「・・・お、おう」

そんなに素直に喜ばれると、なんかもう細かい事はどうでも良くなってきた。ペットボトルのキャップを開けると、芝居がかった仕草で三橋の前に出してやる。

「お茶をどうぞ、三橋様」
「ううっ・・・様って、い、言わないで欲しい・・・」
「んだよ、執事喫茶なんだからしょうがねぇだろ!」
「そ、そうなんだ・・・フヒッ」

そうなんだも、どうなんだも最初っから『執事喫茶』って言ってたのを覚えてないな、この野郎。相変わらず人の話聞かねぇヤツだよな、俺もいい加減慣れたけど。でも、上手そうに生茶を飲み干す猫娘(この場合は男だから息子なのか)を見ていたら、なんだか、これまたどうでも良くなってきた。

「ほら、これで口とか拭いとけよ」

前掛けに入れておいたハンカチを出して、三橋の唇に押しつける。

―――あ、すげー、柔らかそう。

少し濡れている所為で、いつもよりふっくらというか、艶があって柔らかそうな唇に俺の目が引き寄せられる。そういや、俺も喉乾いてたんだよな。

「あ、あ、阿部くんっ!」
「あ・・・」

でも、どうやら引き寄せられていたのは視線だけじゃなかったらしい。柔らかくて温かい感触がする。何度重ねても、これ程気持ちが良い事って、そうそう無いと思うよな。

「んっ・・・っ・・・」

だからこういう時は、鼻で息をしろって言ってるじゃんか。注意してやろうかと思ったけど、生憎、俺の口も塞がっている。そうしてしばらくキスを続けていると、腕の中の身体がふにゃりと柔らかくなって俺の方へしなだれかかってきた。お、良い感じ。と調子にのって着物の袷に手を差し込むと、ぱちんと甲が叩かれる。

「いてっ!」
「だ、駄目だ、よ!ここ、学校だ・・・から」

さっきまでの甘さが嘘のように、それこそ猫のような身のこなしで三橋が俺の手からすり抜ける。少し崩れた襟元を整えながら、珍しくきつい目付きを向けてこられては、とりあえず俺だって伸ばした手を引っ込めるしかないだろう。
その後も、三橋は、学校で、とか、こんなとこで、とかぶつぶつ言っている。

「だって、どこの教室も今頃空っぽだぜ」
「え!なんで・・・」

ほら、校庭見てみろよと窓の外を示すと、三橋は窓際に飛びついた。

「あ。み、みんな集まってる・・・」
「もう後夜祭の時間だろ。片付けは明日やるから、今日はもうお開きって事だよ」
「お、オレ達もいかない、と!」
「ちょっと待て!」

慌てて教室を飛び出そうとする襟首をひっつかんで引き戻す。「ふぎゃ」と、それこそ猫のように間抜けな声をだしながら三橋の身体がぶらんと下がる。やっぱ、こいつもう少し体重つけた方が良いよな。ちょっと軽すぎ。

「俺達はここから見ようぜ」

今更あんな混み合っている所に混じるなんて、正気のさたとは思えない。だが、三橋は不満なのがありありと判る顔で、俺の方をじっと見ている。

「おい・・・そんなに行きたいのか?」
「・・・行きたい・・・」

おっとこれまた珍しく自己主張ですか!こんな時でもなかったら折れてやってもいいんだけど、今日はやっぱり止めておこう。俺としては、二人きりになれなかったこの二日間の鬱憤がそれこそ山のように溜まってるんだ!




「じゃあ、三橋。これならどうだ?」


教室の入り口に近い所に、俺の目的の物はあった。親指の先程の大きさをした、黒いスイッチ。一つ一つを押す度に、天井の蛍光灯が消えていった。最後の一つの灯りが消えると、日没の時間を過ぎた教室は真っ暗になる。そして部屋の中が暗くなるのと対照的に、窓の外が急に明るくなった。

「わあ・・・」

感嘆の声をあげながら、三橋が窓辺に駆け寄っていく。後夜祭の為に飾られた色とりどりの校庭の灯りが、暗い教室の中からは一際鮮やかに見えた。

「ほら、これなら特等席って感じだろ?」
「う、うん!阿部くん、すごい!」

すごいも何も、元は水谷の受け売りなんだけどな。あいつも誰か他のヤツから聞いたって言ってたけど、相手がいないなら単なる無駄知識。俺は有効活用できるから問題無し。しかも三橋はさっきから、すごいすごいと連発して、俺の顔までキラキラした目で見ているんだから堪らない。
安っぽい色の灯りだけど、三橋の瞳に映りこむと、なんだか、こう・・・。クサイからやめておこう・・・。ともかく、窓から見える光景を大喜びで見ている三橋の姿は、辛抱できないくらいに可愛かった。











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